寄席芸人伝17「五七五之助」

このマンガ、本来原作者のクレジットはないのだが、「honto」など電子書籍の該当ページを開くと「古谷三敏」の名と並んで「あべ善太」という著者名がある。
「あべ善太」、知っている人は知っているだろう。
料理マンガ「味いちもんめ」の初期シリーズの原作者である。
物語の設定が変わったのは、この原作者が連載中に亡くなったからである。
落語に関する造型も深かったようで、「味いちもんめ」にも、三遊亭小つるという女流の噺家が登場していた。
なるほど、連載当時名前を出さなかった、この原作者あっての「寄席芸人伝」なのだ。

このブログでも、もう紹介するエピソードがないなと感じてから、さらに10話くらい取り上げている。
落語を聴くと、まだ取り上げていないマンガのエピソードを思い出すことが多いのです。
先日、柳亭左楽師の「権兵衛狸」を聴いて、今回のエピソードを思い出したのだ。
最終巻の第十一巻より、第144話「五七五之助」。
大看板の橘家ニ三蔵の「芝浜」を、楽屋から若手が覗いて、夜明けのシーンの情景描写の巧みさに感じ入っている。
楽屋で若手に問われて、「五之助」と名乗っていた若手時代は乱暴者だったというエピソードを語るニ三蔵。
「突落し」のごとく、吉原の付き馬の若い衆を堀に叩き込んだり、無茶苦茶をしていたという。
見かねた師匠が、「天災」のごとく心学の先生に通わせるが、「何が『しの玉食う』だ」と真面目に聴きはしない。
だが、この乱暴者を、俳句の先生が変える。
高座で得意の「権兵衛狸」を掛ける五之助に対し、「お前さんの噺には深みがない」と言い切る先生。
先生の弟子につく五之助。句をひねり出してみるが、最初は「雑俳」のまま。
俳句は上手くはならないが、考えているうちに見えてくるものがたくさんある。
ある日先生と、朧月を見ていて、「こんな晩には山里では狸も浮かれ出るかもしれませんねえ」と語って、ハッと気づく。「そうか、権兵衛狸ってえのは、そういう噺なんですね」。
これを機に、本業の落語にも味が出てくる。

「寄席芸人伝」の中では、比較的地味なエピソードだと思う。このマンガが好きな人の記憶にも、あまり残っていないのではないか。
私もまた、ブログで取り上げてみようと思ったこともなかった。
だが、非常に味わい深い柳亭左楽師の「権兵衛狸」を聴いて、頭の片隅にほんのわずかに引っ掛かっていたこのエピソードがたちまちシンクロした。
マンガで取り上げられたのんびりした世界がまさに高座にあった。
本来、「のんびりした噺」である権兵衛狸を、きちんと料理してみせた高座を、私が観たことがなかったということだ。

メジャーな噺で、寄席ではよく掛かるのだけど。
CDはあまり出ていない。落語にもマンガにも、思わぬ気付きをもたらしてくれる部分に、高い価値がある。
たぶん、マンガの中にまだまだ、隠れて味わい深いエピソードが隠れている。現実の高座から、その良さが引き出されてくれば実に嬉しい。

作成者: でっち定吉

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