トップバッターは花いちさん。
先日の国立でも語っていたが、最近「川端康成」に似ていると言われるのだそうで。ギョロっとした感じが。
コロナ禍の最中は髪を伸ばしていたので、ますます似ていた。
だが、上になにかしらつくのだそうで。「知性と教養に欠けた」川端康成。
ちなみに、サッカー元日本代表、川口能活に似ていると言われたこともある。
ただ、やっぱり上になにか付く。「ゴールを守れなさそうな」川口能活。
自分の顔についてはよく語る花いちさん。錦織圭に似ていると自己紹介していたこともあった。
それにしても、相変わらずスムーズに自虐マクラを語るからすごい。
私は噺家が語る自虐については、基本的には好ましいと思っていない。だがごくまれに、自虐を吐きつつ客の尊敬を損なわない、得難い噺家がいる。
そのまれなひとりが花いちさん。
トークで出ていた、夜走っている話についても触れる。太りやすい体質で、太ることに対するトラウマがあるのだそうだ。
小学校のとき、バスケットボールで副キャプテンに選ばれそうになった。だがバスケが上手いわけでもないので結局選ばれなかった。
その後みんなに「タプテン」と呼ばれたと。ちょっとその頃タプタプしていたのだそうで。
好楽師の弟子、スウェーデン人の好青年さん、旧名じゅうべえの話も入っていた。珍しい。
落語会のお楽しみ抽選会で、当選者の名前が読めず、じゅうべえさんに訊こうとする花いちさん。「私に訊きますか」と言われたそうな。
それから、すでに二度聴いたことのある、兄弟子おさん師匠のマクラ。キセルとパンツの話。
何度聴いても面白い。落語本編と同じく、即物的なウケを狙う前にまず、台所おさんという動物の行動をしっかり描写する花いちさん。
なんなんだろうか、この面白さ。
ひとつ気づいたが、花いちさんはマクラを固定したひとくくりのネタとして、毎回同じように喋ろうとしていない。高座のたび、素材を毎回ゼロベースで組み立てなおしているようだ。
だから同じ話を繰り返し聴いても、角度が付いていて面白い。
落語本編では使う人もいるが、マクラではあまり見かけない手法である。
私の考える面白いマクラの語り手たちも、だいたいはその話題につき、完全に組み立ててから話すものである。アドリブで変化を加えるにしてもだ。
なるほど。花いちさんの類まれなる技術と、それに応じた上昇中の人気を改めて思い知る。
楽しいマクラで散々笑わせて、本編は長短。
「気性が違っていても仲がいいということはあります。私と小んぶアニさん、はな平さん」そして「楽屋にも気を遣わなきゃ」。
おさん師とキセルのマクラからつながっているのだ。マクラのほうは聴いたことがあるのに、長短は初めてなのも不思議。
古典新作の完全なる二刀流花いちさん、新作もだが、古典もすばらしい。
自分で組み立てなおした、リノベーション長短。
長短という噺、かなり難しいものだと思う。
ほとんどの二ツ目にとっては、「気の長い長さんを、いかにカリカチュアして描くか」そんな噺だと思う。
そして気の短い短さんの、予定調和的ツッコミが入るという。真打でも、そんなもの。
しかし極端なカリカチュアには走らず、もっとじっくり迫っていく花いちさん。
花いちさんは、長さんの成り立ちを一から仕立て上げ、作った人間に自然なふるまいをさせるのだ。
めちゃくちゃ面白い長短なのに、「人物の了見になれ」という柳家の手法がそこにある。
そして同時に、新作の技法も感じる。新作を完全に内面化した人は、古典にもその影響が現れてくるので、倍面白くなるのだ。
長さんは登場してからずっと、語尾が「なんだな」である。
これをしばらく繰り返し、客にもやもやが十分溜まったのちに、「お前裸の大将か」という短さんのツッコミが入る。客の気持ちにぴったり沿っていて、上手いなあ。
発する言葉から、動作がワンテンポずれるあたりも、柳家の手法。
長短では、しばしばボケの長さんだけが面白く、ツッコミの短さんはごく普通の江戸っ子になってしまう。
でも本当はそうじゃない。どちらも面白いというのが本来の落語。
だから多くの演者は、キセルの所作に焦点を当てるのだが、それでもやっぱり短さんは普通になってしまう。
花いちさんはここ以外に、さらに武器を二三用意している。
まず長さんが、話の途中で飛んでいる蚊が気になる。それをひっぱたこうとして自分の顔を強打してしまうというパントマイム。
短さんがこうやるんだと受けて、蚊を瞬時に捕まえる。長さんにも、客にも見えない早ワザ。
そして、半分の餅菓子(普通は饅頭だが)を、半分イラついた短さんに食われてしまい、しばし呆然とする長さんがたまらない。
落語というのは会話のやり取りであるのが普通だが、花いちさんの長短は、シチュエーションコメディである。
花いちさんの古典落語は、やりたい落語の素材として使われるのだ。
面白い二人が、互いに面白さを披露し合う噺。
いきなりヒットでした。
花いちさんにはつい新作を期待してしまうのだが、古典における打率の高さは特筆すべきもの。