伝統と捏造のあいだ(下)

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ちなみに、三遊亭円楽師が、楽太郎時代に「学位を取ったインテリ噺家」だと笑点で盛んに喧伝していたのも、正体はディプロマミル。
師のWikipediaにも、そのことは書いてある。
噺家のキャラづくりの一環であり、シャレである。シャレで逃げ切れそうな気もする。
だが、笑点なつかし版で師がこれを言うシーンにお目にかかったことがない。カットされているのかもしれない。
原田氏も円楽師も、金で学位を得たときは、あとでこれがひっくり返るなんて思ってなかったのだろうな。
吉村作治先生も、かつてディプロマミルの学位がバレて釈明させられた。

円楽師のWikipediaからいろいろ見ていて、さらに気になるものを発見。
円楽師の弟子に、楽市という人がいる。円楽党の寄席では、しっかり仕事をする貴重な噺家である。
だが楽市師の記事中には、入門時の師匠が円楽師ではなく、楽春師であったことの記載が欠けている。時系列を記した略歴のほうには書いてあるのだが。
理由は、ソースとなるご本人の公式サイトに、別の師匠についていた歴史が一切書かれていないからだ。
最初から円楽師に入門して、最初から楽市であったような内容になっている。
もともと情報が客まであまり伝わってこないのが円楽党ではあるのだが、別の師匠についた過去を黒歴史として封印するのは、さすがにどうなんだろうか。
元師匠の要望なのかもしれないけど。ちなみに元師匠も、「江戸しぐさ」の周辺に名前が出てくる人だ。

円楽党には他にも、黒歴史をカットしているかのような微妙な師匠が数人いる。
いっぽう落語界、三遊亭遊雀、柳家小せんといった師匠のように、元の師匠に破門されてもたくましく生き抜いている噺家もいる。

話を原田実氏のディプロマミルに戻す。
これひとつをもって、「インチキを糾弾する人は、自分の心に嘘偽りがないか再度問いかけてみましょう」と言って、江戸しぐさを擁護する結論を出せないこともない。
好きな竜楽師に忖度して、原田氏のことを、このインチキ文化人めと糾弾できないこともない。
どちらもしないけど。
江戸しぐさはACのCMにまでなり一世を風靡したが、現在は結局教科書からも削除されたのであり、趨勢は決している。
今回の志らく叩きのありさまを見ても、二度とよみがえることはないはずだ。
「インチキのようだ」から「事実としてインチキ」に世間の目が変動したのだ。
いくら古いお付き合いを大事にする噺家といえども、インチキ認定された人といつまでもつるんでいるのがいいこととは思わない。

またちょっと話が変わる。
原田実氏も、トンデモ本品評をテーマにする「と学会」の一員。
噺家では、立川談之助師もそう。

同じくと学会員の唐沢俊一は、かつて盗用問題で世間を騒がせた。
大きな信用失墜になり、サブカル界隈では売れっ子だったのに、その後表舞台には返り咲けていないようだ。
唐沢氏と付き合いの深い談之助師、ご自身の掲示板で、唐沢なんかと付き合うなという投稿に対し、世間にはもっと悪い奴がいると真面目に返答していたと記憶する。
リリー・フランキーのことだったはず。
なんだか現在、左翼連中の政府批判に対しツイッターで、「香港情勢にコメントしろ」と言うのと似ている論法だ。

リリー・フランキーの「おでんくん」は、柳家小ゑん師の「ぐつぐつ」の盗作であるというのが、談之助師たちの主張である。
小ゑん師自身も触れていたような。
おでんくんの設定は、言われる通りかなり「ぐつぐつ」に似ている。盗作との主張に根拠は十分あるだろう。
おでん屋台の親父さんと客、そして鍋の中のおでんたちの世界が舞台である。
おでんたちは鍋の世界の中で、客に注文されるのを待っている。
長いこと注文されずに真っ黒になってしまった「ガングロたまごちゃん」なんてキャラもいる。

だが、おでんくんがNHKでアニメ化され、ヒットした要因までをも、ぐつぐつに求めるのは少々無理があるとも思っている。
子供が小さいときは、おでんくんをよく一緒に視ていた。おでんくんには哲学があるのだ。
いっぽうで、小ゑん師にはメルヘンがある。
だから共存して欲しいとも思うのだが、やはり設定の類似からスタートしたこと自体は、落語ファンとしていつまでも気にはなる。

結論は何も出ない。
というわけで、今日は悩める定吉が、いろいろと悩み続けたまま終わるのです。

作成者: でっち定吉

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