台風接近の中、柳家小ゑん師ネタ出しの「鉄指南」を聴きに黒門亭に行ってきました。
ずいぶん寒いし、開演の30分も前から並んだら風邪引くぞと思い、あえて出遅れて並んだのだが、案の定行列が伸びていた。凄いですね。
いつもと違って協会の向かい、屋根の下に列ができていた。
そちらから、一部が終わって空気入れ替えのために窓を開け閉めする春風亭三朝師匠の姿を、向かいから眺めていた。
結局、この日は札止めにはならず若干の空席があった。それなら直前に来ればよかったのだけど、万一札止めになってすごすご帰るのは嫌だ。
一部がずれ込んで20分ほど並び、すっかり体が冷えてしまいましたよ。
この日は常識に従って行くのをやめ、小ゑん師も出ている31日の鈴本でも行こうかと思った。今月31日、鈴本昼席は珍しく定席なのである。
余一会が埋まらなくて31日まで下席を延長してやっていることはたまにあるが、鈴本では珍しい気がする。主任は白酒師。
31日に、余一会でなく定席があることに興奮する私の性癖。別におわかりいただけなくていいけど、寄席が好きなんです。
だが鈴本、東京かわら版割引を使っても2,500円。黒門亭は千円。競って千円の勝ち。
前座 / 金明竹
やなぎ / そば清
勢朝 / 紀州
(仲入り)
金時 / お若伊之助
小ゑん / 鉄指南(ネタ出し)
前座残念物語
前座さん、私は知らない人で、メクリには「開口一番」。
本人も名乗らず噺に入ったのでわからなかったが、黒門亭の場合、階段に演目が張り出されるので、帰る段階では知っている。
その名前をなぜ書かないかというと、ちょっと残念だったから。
落語は達者なものだった。誰でも知ってる噺でクスッとさせるのは偉い。
金明竹、通しでやると結構長い噺だが、傘・猫・旦那を借りるくだりをカットして、掃除から言い立てにつなげる。
なによりも、金明竹の言い立てが気持ちよく届くのは立派。これで退屈させられる人が多いのだ。
前座さん、落語は文句ないもので楽しんだのだが、高座返しが雑でびっくりした。
普段、前座さんの動きを厳しく論評しようという、意地悪な目で見たりしていない。でも、ぼんやりとでもいつも見ているから、雑な人については、その雑さが勝手に目に飛び込んでくる。
座布団って、丁寧にひっくり返して四隅をピタッと固定させるもんだと思うのだ。それが、放り投げるような(極端に言うとだ)返し方。
めくりの名前をめくる際もそんな感じ。
仲入り後にめくりを変える際、前半の人たちの名前を枠から外すという、あまり見かけない作業があった。これも引きちぎるような(くどいが、極端に言うとだ)感じ。
小ゑん師匠がご自分で用意しているレコーダーも、放るように高座に置いていた。
小ゑん師の羽織を拾っていく際も、階段の下から手を伸ばして乱雑に引っ張り上げていた。
落語は上手い前座さんの、雑な高座返しに落胆した。雑な動きしかできない人に、繊細な落語ができるようになるとは思えない。
羽織やメクリを乱暴に引っ張っていく姿からは、師匠方に対する非礼を感じる。
それでも、踊りなどをしっかり習っていくうちに、自然と仕草がよくなるものなのだろうか。それとも、了見が治らないうちはダメなのだろうか。
この前座さんの師匠は、誰でも知っている売れっ子である。
雑な仕事振りを、師匠は許しているのだろうか。忙しすぎて、弟子の育成に手が回らないのか。
大師匠はなにも言わないのだろうかなどと、帰りの電車でつらつら考えてしまった。なにせ、この日最後に目にした光景が、この前座の羽織を引く姿勢なのだから。
小ゑん師匠をはじめとするチームプレイで作り上げた、楽しい空気をまといながら帰宅したいのに、大きくケチが付いてしまった。
入りたての前座というわけでもない。なにか、鬱屈したものが肚にあって、態度に出てしまうのではないだろうか。確かに前座はストレスたまるのだろうけど。
一介の落語好きである私自身は、前座さんに意見ができるような立派なもんでは全然ない。噺家を志したことはないが、私が落語界に入っていたら、まず間違いなくダメダメ前座であったろう。金明竹の松公みたいな私、途中でクビになっている可能性も高い。
だから口はばったいことを十分承知の上で言うのだが、好きな落語の世界にいる人にはちゃんとして欲しい。だからこそ、噺家さんが尊敬の対象になる。
前座という存在、落語はともかく、寄席運営のプロフェッショナルではないのか。プロが運営部分で客を失望させないで欲しい。
常連の多い黒門亭では、どこか馴れ合いになってしまう部分もあるのだろうか?
芸協の桃太郎師匠も、最近の落語協会の前座はダメで、芸協のほうがよくなったとブログに書いている。桃太郎師匠は、身内をひいきするような人ではない。落語協会の師匠にダメ出しされる、「すぐ天狗になる」芸協の師匠がたについても、厳しく苦言を発する人である。
いいのかこれで。落語協会。
ただ、日ごろ前座さんがいかに仕事をきちんとやって、客を自然に楽しませてくれているのかがわかった。この点はよかったと思うけど。
いきなり客の愚痴から始まる黒門亭。
ただ、内容はこの日もまた、素晴らしかったです。
柳家やなぎ「そば清」
気を取り直しまして。
さん喬師の弟子、大きな体の柳家やなぎさん。
喬太郎師のTVでもよく見かける人で、ほかの噺家さんのマクラでもよく取り上げられる人気者。
一之輔師も、足袋を忘れてやなぎさんの履いていたのを借りたが、「やなぎ汁」つまり汗まみれでとても気持ちが悪いというネタをTVで喋っていた。
だが、よく考えたらご本人の落語を聴くのは初めてだ。
マクラから面白い人である。柳家はとにかく飯を食う一門だと、柳家の師匠にご馳走になったエピソードを語る。
そこからさん喬師譲りの「そば清」。師匠のものに似ている部分は、清兵衛さんの「どうもー」と、サゲにつながるヒントの出し方くらいで、あとは独自の噺になっている。
喬太郎師のそば清に似ているところもちょっとあったが、でも別。自分で噺を作れる人は出世すること間違いない。
思いのほか正統派の二ツ目さんである。落語自体を深掘りしていって、噺本来の面白さでウケさせる芸。
そばの食いっぷりに魅せられる。ご本人も、食べることが本当に好きそうだ。
空調が完全に効いてなくて、結構寒い中なのに汗びっしょり。あとで上がった勢朝師が、高座を「うわー、汗まみれですね」と話していたくらい。
馬風師が著書でご自身について、とにかく汗をかくので古典落語をやりづらく、それで漫談の方向に進んで行ったと書いていたのを思い出した。やなぎさんもあるいはそうなるかもしれない。
マクラ面白いから、それもいいんじゃないですか。
それにしても、さん喬一門は日の出の勢いですね。
春風亭勢朝「紀州」
次が、自称嘘つきの春風亭勢朝師。
川柳師のネタなどで笑わせる。このまま漫談に進むのかと思ったら、ついでのように「紀州」に入る。
地噺は、こういう漫談の楽しい人がやってこそ楽しい。ギャグたっぷりの落語であるが、しかし押しまくらない非常にほどのいい芸なので、疲れずにずっと楽しさが続く。意外とちまたにはない芸。
紀州を普通に「キシュー」と下げておいてから、舞台を落語協会会長選に移してさらに続きがある。
ちなみに続ける際に、客に拍手をもらわないうちにスッと次に移るのは、ちょっとした見事な呼吸のたまものである。
サゲは「バフー」。なんだそりゃ。
三遊亭金時「お若伊之助」
仲入り後は三遊亭金時師。
霊柩車が来たら親指隠すなど、迷信に関するマクラを振ってから、「お若伊之助」に入る。
小ゑん師ネタ出しの「鉄指南」と「稽古」でツいてるんじゃないかと若干思った。せっかくの噺が聴けて嬉しいので全然いいのだけど。
「お若伊之助」「おせつ徳三郎」「お初徳兵衛」など、女と男の名を組み合わせた噺はいろいろあるが、通常の寄席に通っていても、まず聴けない。さすが黒門亭。
あれと思ったのは、金時師、志ん朝が憑依していた。棟梁の啖呵が、まさに志ん朝。金馬師の息子なのに。
志ん朝の「お若伊之助」を聴いたことがあったかどうか自分でもわからないのだが、ともかく志ん朝の語りが聴こえてきた。もともと声が似ているのだ。
音源の聴き比べをしていると、「あの師匠の影響がずいぶん強いんだな」などと思ってしまうが、ライブの落語の場合、似たところがあるととても楽しくなる。
「お若伊之助」冷静に考えると変な噺。怪談なのに、そそっかしい棟梁が根津と両国の間を行ったり来たりするのがおかしい。
狸の子をはらむという大変な因果に遭う、女の視点がまったく欠けているところがいかにも落語だなあと思う。
だからといって、変に視点を追加して面白くなるとも思わないけど。こういう噺は、こういう噺なんだなと思って楽しむ。
柳家小ゑん「鉄指南」
いよいよトリは小ゑん師。
最近の黒門亭、小ゑん師のトリのときは毎回寄せてもらっている。毎回札止めだが台風接近のこの日は若干空席あり。
うちの息子、小ゑんファンだしテツなので、付いてくるかなと思ったがこの日は来なかった。
私は、別にテツではない。鉄道落語は大好きです。
マクラを長めに振って、時計を確認してから慌てて本編に入る小ゑん師。「古典落語です」とのこと。
小ゑん師から常に漂う気持ちのよさというのはなんなのだろう。
私は新作落語をこよなく愛する者であり、もちろん小ゑん師の新作落語も愛している。
だが、小ゑん師のまとう空気、新作のものとはちょっと違う。エッジの効いた新作落語を、古典の空気で聴かせてしまう実に不思議な師匠。
私は最近、落語に漂う「世界観」を求めて会場に足を運んでいる。そこには、古典・新作といった識別は特にないのだが、世界観を強く求めると、自然と古典落語になってしまう。
でもやっぱり新作落語は好きなので、その点でも小ゑん師は最適なのである。
昨年ここで聴いた「鉄寝床」もそうだが、古典のパロディはそんなわけで非常に似合う。
パロディなのだが、悪ふざけではない。落語なのでもともとふざけているが、気持ちがいい。
楽しい古典落語と、新作とを二重映しで聴けて、二倍得なのである。
「鉄寝床」が、「寝床」の世界を借りているのと同様、「鉄指南」も、「あくび指南」の世界をそっくり借りている
あくびの稽古をしに行くところまでまったく一緒。ただ、習う側が過去に「ハンダ付け」の稽古に行っていたりする。
鉄道ネタは、あくびの稽古をする過程でいきなり出てくる。
大川の舟遊びをして出てくるあくびを、春の「いすみ鉄道」内のディーゼルカーに移した噺。房総半島は菜の花が綺麗ですよね。
「おーい運転手さん、そろそろ列車を上りにやっておくれ。明日は特急わかしおに乗って上野東京ラインを乗り継いで、大宮の鉄道博物館にでも行って、ジオラマで遊ぶとしますか。ローカル線もいいが、一日中乗っていると、退屈で、退屈でならねえ。ふわー」
うろ覚えですけどね。
ちなみに、体をゆすりながら小ゑん師、あくびの師匠のセリフを借りて「あたしは柳家だからこう、横に揺れる。で、古今亭はこう、縦に揺れるんです。どうだ、相当の落語マニアでもこんなこと知らないだろう」。
はい、知りませんでした。
マニアックな落語ネタも忘れないので、テツでない落語好きにも支持される小ゑん師。
マクラで振っておいた、鉄道居酒屋のネタを綺麗に回収したサゲが見事でした。
ちなみに、いすみ鉄道で走っているのを「電車」と言ってしまう男に対してあくびの師匠、「電車じゃありません。いすみ鉄道は非電化なのでディーゼルエンジンを積んでいて、これは気動車という」。
なのにその後、小ゑん師が間違えて、あくびの師匠も電車って言っていた。他にも何箇所か言い間違いあった。別にいいけど。
ところで「一両なのに『列車』っていうんですかい」っていうクスグリなど、新たにいかがでしょうか?
黒門亭がハネて、うさぎ屋でどら焼き買ったら二個買ったところでちょうど売り切れました。私の直後に入ってきたお父さんごめんね。