三遊亭遊雀「寝床」(下)

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「もう一席お気を確かに」とだけ振ってすぐ本編に入る遊雀師。
マクラの楽しい人は例外なく、マクラがなくても楽しい。

噺は「寝床」なのだが、落語ファンの知っている寝床の姿はそこにはない。
寝床の枠組みだけ活かした一席。パロディ落語というわけでもなくて。
初心者にはハードル高そうだが、伯山先生の動員したファンも含め、客はよく笑っている。
高座から絶えず冗談の空気が流れてくるからだろう。

今晩は旦那の義太夫の会。「アレが済んだのでようやくお客さまをお迎えできる」。
客はまだなんのことかわからないが、続けて「座布団詰めちゃだめだよ、空けて空けて」ここで爆笑。
コロナという単語は一切使わない。

お長屋を回ってきた繁蔵が旦那に語るところで、客席からカラカランと物音がする。
すかさず、「なんか落としたようだが大丈夫かい」。
寄席は生き物。客もまた生き物だから、なにかやらかす。
携帯電話鳴らすのは未必の故意でいただけないが、過失ぐらいなら誰にでもある。
スルーしたっていいのだが、客のくしゃみをはじめとして、すかさず取り込む才能を持った遊雀師。
師の音源には、かなり高い確率でハプニングの取り込みが入っている。

吉田のご隠居は「たちの悪い風邪をしょい込んだ」ので旦那の会には来れない。
旦那「第二波かい」。
2週間経ったら、私のほうから出かけていくよと。

小間物屋のおかみさんは臨月、提灯屋はほおずき提灯を作るのに忙しい。
これらのくだりもダイナミックで面白いのだが、普通の寝床ではある。
そして豆腐屋。
がんもどきに入ったところで客席からズダンという音がする。すかさず繁蔵、「なんか落としたようですが大丈夫ですかダアさま」。
いろいろものを落とす浅草の客。
たぶん、市松模様で使えない椅子の背もたれ部分に、なんか載せているためだと思う。
客席もう、遊雀師のアドリブに笑いが止まらない。

さすがの遊雀師も、二度ものが落下して、どこまで行ったかわからなくなってしまう。
ようよう元に戻して、がんもどきに入れるゴボウの刻み方を実演。
客にまんべんなく見えるように、角度を変えてもう一回。
「こういう気の遣いかたは、笑遊師匠から学んだんです」
カメラマンに向かい、カメラさんもサボってちゃだめですよと。

「がんもどきの製造法」は最大のウケどころだが、ここで笑い声が起こらない。客はちょっと休憩中。

そしてここから、この日出た落語の織り込みがスタート。
カシラがなぜいないかというと、「扇の的の計略」。
船の上の、的を射抜かないとどうにもならないんだって。カシラは那須与一を迎えに行くんだそうだ。
旦那「ここにいる人しかわからないだろう」
繁蔵「いいんだ、テレビはタダだから」
扇の的は、伯山先生が出したらしい。

旦那、長屋の者が誰も来ないので、店の者に聴かせることに。
一番番頭は、昨日ごちそうになり、本八幡に向かおうとして笹塚に行ってしまった。
これはヒザ前の笑遊師のネタである。

二番番頭から四番番頭まで、みな脚気。
本来、繁蔵がなんとか奉公人全員の言いわけをするのが見どころなのだが、徹底してユニークな寝床である以上、もう普通のネタには戻れない。
旦那「うちがろくなもん食わしてないみたいじゃないか」

せがれはどうしたと旦那。
繁蔵「隣のお花さんと霊岸島のおじさんのところへ」
圓丸師が「宮戸川」をやったに違いない。
旦那「一応全部入ったか」
宮戸川を入れるため、本来出てこないせがれを登場させる遊雀師。

繁蔵に、お前はどうなんだと旦那。
「自分のこと忘れてました。前の落語どうやって入れようかとそればかり考えて」
さらに「ここまでうまく行ってたのに。さっきのところで『ちょうどお時間』で終わればよかった」

ついにキレて、長屋の連中も奉公人も出て行けと宣言する旦那。
その旦那、再び長屋をまわった繁蔵の報告でわりとすぐ機嫌を直すが、でも今日はやらないと。
しかしそう聞いた繁蔵がこっそり喜んだのを見のがさず、やるぞと宣言する旦那。
すでにずいぶんユニークな落語だが、実はこの部分こそハイライトであった。この日の寄席がどんな状況だったとしても、遊雀寝床の変わらぬ肝はここにあるらしい。
自分の義太夫が、いやがらせになることを十分承知している旦那なのだ。
この際の旦那の露骨な呼吸に、笑遊師の影響がなんとなくうかがえて楽しい。遊雀師は芸協に移ったことでまた一段パワーアップしたのだ。
そして旦那は同時に、高座の上の遊雀師そのものになる。
客を長屋の住人に見立て、「今から帰るなよ」と遊雀師。あと5分で終わるんだからって。

散々遊んでおいて、普通にサゲる。
この一席、現場で聴いた人には忘れられない経験になったことだろう。
テレビの前の私にもそうだが。

電子書籍96円

 

作成者: でっち定吉

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