神田連雀亭ワンコイン寄席18(下・桂竹千代「五人廻し」)

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三遊亭兼太郎「十徳」

前説を務めた三遊亭兼太郎さんは、ワンコインはお客さんが入っていいのですが、昼・夜は少ない。こないだ1人のときにやったと。
すみません、私もここ通っているんだけども、ワンコインしか聴いたことがないのです。安いのもあるけど、この昼またぎの時間帯がいろいろとありがたくて。

入門時の話。
私の師匠、兼好知ってます? という質問に対して、手を挙げる客は半分以下。そんなことないだろうと思うが。
師匠の稽古は、稽古会である。知らない人が大勢来ている。みな素人落語家。
素人なのに、「先に入門した」ような気配を漂わせている。

「鵜の真似をする烏水に溺れる」から、円楽党でよく掛かる印象のある、十徳へ。
かなり楽しい兼太郎さんの落語、書くことが少ない。 スタンダードタイプの端正な落語だからだ。
もっともよく思い出してみると、先に「一石橋」の回答を言われて気絶したりする、独自の演出は結構ある。
隠居は十徳のいわれを知らないのに、嘘だよ知ってるよと決め付けられ、やむなく取ってつけた話と断って講釈をし出す。
そして「いわれ」という言葉のわからない八っつぁん。
それらの演出はもちろん、噺を楽しく膨らませてくれている。だけどその効果よりも、端正な噺の運びだというイメージのほうがずっと強い。
別に書くこと少なくて全然いいのだけど、楽しかった割に少ないと、なんだか申しわけないような。

桂竹千代「五人廻し」

トリの桂竹千代さん。マクラをほぼ振らず、すぐ入った五人廻しが絶品でした。
そんなにたびたび聴く噺じゃない。比較対象が、昨年二度聴いた入船亭扇辰師のもの。しかもそれは、私が昨年聴いた数ある落語のうちの最高峰である。
それほどのものを念頭に置いて、これだけ見事な五人廻しが20分強で聴けるとは。
竹千代さん本人の、不愛想、無頼なキャラは橘家文蔵師に似てる。でも、文蔵師は廓噺やらないものな。

扇辰師の五人廻しでは、卓越した演技力に圧倒された。
竹千代さんの持ち味はやや違う。演技力は相当高いのだが、描き分けでアッと言わせる感じではない。
それよりも、若い衆の喜助が、廻し部屋の愉快な客たちに脅かされ、いちいち腰を抜かさんばかりに驚く展開のすばらしさ。
そうなのだ。古典落語は、このような出番の少ない噺であったとしても、同じ噺を何回も聴くもの。演者と、登場人物がしっかりびっくりしてくれることで、客も毎回新鮮に噺を捉えることができる。

面白いなと思ったのは、一瞬、師匠・竹丸を彷彿とさせる場面があったこと。
といっても、竹丸師も、浅草お茶の間寄席での漫談しか聴いたことがなくて、よくは知らない。そもそも、師匠のほうは、古典落語をどのぐらいやっているのか?
その竹丸師の語りが、廻し部屋4人目の若旦那に映し出されていて驚いた。
デブキャラの竹丸師が、気障な若旦那になぜ現れるのか? でも、聴こえたのです。
師弟というのは本当に面白い。師匠と異なる古典落語のフィールドに出ていっても、やはり似ている部分があるのだ。

まだ芸協の二ツ目香盤の真ん中へんにいる竹千代さん、先々楽しみです。
師匠と出る会があったら行ってみたいものだ。

大満足のワンコイン寄席でした。

解説:桂竹丸

 

作成者: でっち定吉

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