アホな女が女流落語を救う(かもしれない)

森喜朗の退場決定後も混乱の続くオリンピック周辺。
オリンピックの開催の是非などここで論じる気はないが、「無観客開催で実施」だろうと予想している。「やって欲しい」というより、「普通にできないことはない」というところ。
五輪というもの、始まるまではさして盛り上がらず、始まったとたんにそれまで一言も触れていなかった人たちがワーワー騒ぐというのが4年置きの儀式みたいなもの。4年が5年になったのでいっそう盛り上がる。
だが今回に関しては、「オリンピックは一切観ない。最後まで反対し続ける」というかたくなな人が一定数いそうだ。私は普通に観ますが。
いっぽうで金メダリストを称えつつ、なぜかそれを政権批判に結び付けるという不思議なレトリックを駆使する人も出てくるだろう。

さて、女性蔑視の問題が出ると、常に落語界のことも考える。
寄席は、「女性差別がある」以前のレベルにとどまっている世界。
なお、お囃子さんはいまだに女性しかなれない。国立劇場の養成所の入会資格もそう。それもどうなのだろう。
落語のファンもずっと女性に対する偏見が強かったし、今でもそれはある。いっぽうで、綺麗な女流を追いかける爺さんもいたりする。
そんな世界なのを承知で入門し、道を切り開いてきた多くの女流落語家たちがいる。
私もよく女流を取り上げている。
だが、本当に大好きな女流落語家がどれだけいるか考えると、意外と指が折れない。

ファンだと言っていいのは、二ツ目の春風亭一花さんぐらいではないだろうか。生では2回しか聴いてないけど。
そこそこ好きな人なら多数挙げられるが。「大好き」と「そこそこ」との間は広くて深い。
楽しく聴きつつ、どこか釈然としないところもある。
一花さんは唯一、マイナス点を一切感じない人なのだ。

女流落語家は、男たちよりもずっと闘っている。それは間違いない。
そもそも古典落語が、飲む打つ買うの男の世界から生まれたもの。それを女が演じて変にならないよう、常に闘い続けている点には頭が下がる。
具体的にどう工夫するかというと、登場人物を女に置き換えたり、視線を女側に置いたりする。
一から作ってしまう手もある。女を主人公にする新作落語を作るのである。
だが新作落語というもの、意外なぐらい古典から離れられない。古典の積み重ねがないところに新作は作れない。
新作を作るために旧来の古典落語を徹底してやっても、ウケないかもしれない。
そう考えると、やはり女性にはハンデがあると言わざるを得ない。歴史にはなかなか勝てない。

古典落語の世界は、だいたいおかみさんのほうが偉い。亭主はボーっとしている。
ボーっとした亭主がおかみさんにやりこめられるのを、客の男が楽しく味わってきた歴史がある。
だが女流落語家が、熊の皮とか、鮑のし、加賀の千代なんかを掛けると生々しいかもしれない。
やはり「女の落語」にこそ、「アホな女」が必要なのではないか。客の男も女も共感できる登場人物が。

林家あんこさんから以前「洒落小町」を聴いた。かなり珍しめのネタ。
あんこさんがこの噺をやろうとしたのは、落語界には珍しくアホな女が主人公だからではないかと思うのだ。まあ、即興でシャレができる女で、実はアホではないのだけど。
しかし、古典落語にはアホな女が本当にいない。船弁慶の喜六のかみさんは、アホというより口のよく回る女、せいぜいこれぐらい。
実は「半分垢」の、相撲取りのかみさんがかなりアホ。亭主自慢が過ぎて、上方から帰ってきた関取がどれだけ大きくなっているかを誇張して話す。
亭主にたしなめられると、今度は卑下しすぎるという、楽しい噺。
でも、せっかくのこの噺に手を出す女流はいないようだ。相撲噺だからか。

そうなると、やはり新作。
しかし女流の新作には、意外とアホが登場しない気がするのだ。作り手の意識の中にアホがいないのか。
実際にぶっとんだ女性キャラを作っている人は、現状では男の新作派。
SWAの人たちは、よくアホな女を登場させている。
古典から切り離された新作ではない。ちゃんと地続きでいながら、アホな女を出せる点が、これらの人は偉いのだ。
中でも三遊亭白鳥師は、確信的にアホな女を登場させる。女というか、師はぶっ飛んだ造形のキャラが好きなのだろう。それで勢い、女もアホになる。
「ナースコール」の看護師みどりちゃんであり、「戦え!おばさん部隊」のおばさん自衛官たちであり、「座席なき戦い」の電車のおばさんである。
白鳥師の新作は女流にも人気があり、よく演じられている。
女流落語家も、既存の新作にない、白鳥師のアホな女を演じるのに惹かれているのではないだろうか。

古今亭駒治師もいい。鉄道落語メインのこの人の噺にアホな女はまだまだ少ないが、多少ある。
「車内販売の女」「ビール売りの女」に出てくる売り子は、かなりすっ飛んでいる。
今度「弁財亭和泉」という名で真打になる三遊亭粋歌さんの登場人物もそこそこアホだが、もっともっとアホな女を出していただきたいと思う。
日常から切り離された、とてつもなくアホな女の噺が私は聴きたい。

作成者: でっち定吉

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