BS朝日「御法度落語おなじはなし寄席!」から その12「そば清」

おなじはなし寄席が、1クール終わってまだ続いている。嬉しいことである。
同じ噺の対決というメインテーマよりも、東西の名師匠が同じ土俵でがっぷり四つに組むところに、個人的には味わいを感じている。
そして芸談の価値。

今回は、東が柳亭左龍、西が桂米二の各師匠。
紹介するときは、大先輩の米二師からすべきだと思うけどな、落語界は序列がうるさい。
演目はそば清と、蛇含草。

そば清と蛇含草は、ストーリーは大きく異なるので、同じ噺と言われてもというところはある。
登場人物の構成も違うし、展開も違う。
草を食べて腹の中を消化させようとする目的もまた、大きく違う。そば清は勝負に勝つためだし、蛇含草は苦しさから逃れるためである。
ただ、満腹を解消するというメインテーマが一緒。

番組では解説は入れてなかったが、もともと芝浜の三代目桂三木助が、蛇含草を作り替えてそば清にしたのだそうで。
そばの賭けを持ってきたところが、ギャンブラーとして知られた三木助っぽいなんて思うのだ。
そば屋に集うちょっと間抜けな若い衆たちは、とても江戸っぽい。ひとりひとりの個性は描き分けられない江戸っ子。ワイガヤ噺である。
ちなみに、上方から江戸に噺が移植される場合、ここにさらに「与太郎」を入れることが多い気がする。
そば清には入ってないけど、入れようと思えば入る。「盛りでかけをするのがわからない」と言ってる間抜けな男、与太郎にできそう。
すでに誰かやってるかもしれないが。

人間の見栄、物欲という昏い欲望にさりげなく光を当てた点が、そば清を名作たらしめている。
もっとも、教訓を露骨に盛り込まれたらイヤだが。さりげなく背景に隠れているのがいい。

両師、くじ引きの扇子を引く順番を譲り合っていたのが、「ふぐ鍋」みたいで面白かった。
トップバッターは左龍師。普通にやればいい。
そば清は、師匠・柳家さん喬の得意演目だ。師匠から教わった噺。
もっとも左龍師、アフタートークで語るところによるとこの噺は10年ぶりだったという。たくさん演者がいるのに、なんでこの人が選ばれたのだろう?

その左龍師のそば清、さん喬師のものとそっくりだった。「どうもー」もそっくり。アルマイトの弁当箱の解説が入るのも同じ。
この番組の第1回に出たさん喬師から、推薦でもあったのだろうか?
さん喬門下の多くが、たぶんそば清持っているはず。私は、末弟のやなぎさんから楽しいものを聴いた。

さん喬師も左龍師も大好きな噺家。
だがその、アルマイトの弁当箱を挟んだ、さん喬師のそば清に関しては、「説明過剰落語」の例に挙げたことがある。
さらっとやるのが粋なのに、「説明をしないためのヒント」を与えてしまっていて、いささかくどい。
ひと頃メジャーだった、オチの謎解きをしないで済ますための渾身の工夫であることは理解している。
そもそもアルマイトの弁当箱なんて、世代的に左龍師知らないはず。私だって知りません。
左龍師の兄弟子、喬太郎師のそば清が私は大好き。
喬太郎師は、師匠のものを継いでいない。本当にさらっと「なにを勘違いしたのか清兵衛さん」とだけ振って、説明をしない。そして本当にそのままサゲてしまう。
洗練された先人の形を引いた、実にいい例である。
初心者に対して、無理にわからせようとしなくていいんじゃないですかね。後でふとわかったっていいじゃないか。
そもそも、落語ファンにとっては先刻承知のメジャーな噺だし。

子供のころTVで、地のセリフでもって「そばが羽織着て座ってましたとさ」とサゲるそば清を聴いたことがある。
はっきりとは理解しなかったのだが、実にインパクトがあったので、覚えている。演者は誰だったろうな。

左龍師、弁当箱のくだりを抜くと、実に江戸前な高座である。
千原ジュニアが「どうもー」しか取り上げられないのは、仕方ない気がする。後で拾うところが少ないところにむしろ味がある。
さん喬師のものよりも、メリハリが少ない。だが、繰り返し聴いてももたれないのはとてもいい。
そしてよく聴くと、地味な工夫がみられる。
50両のそばの賭けから逃げてしまう際、適当な用事でごまかすというのが一般的だと思うが、この清さんは「お腹の調子が悪い」と正面から逃げてしまう。
そして旅に出た清さん、なんらかの仕事で出歩いているのが一般的だと思うが、なんでもそばを食い歩いているらしい。
確かにそばの賭けで家3軒建てている人が、出歩く仕事なんてしなくてもいいはずだから。
そしてクライマックスにおける、腹が膨れた清さんを、縁側に運ぶシーン、「腹を押してどうするんだ」。落語の変なリアルに溢れている。

「おそばが羽織着て座ってる」は、後で米二師がその不自然さを述べていたが、これはこれでいいと思うのだ。
なにしろ、人がひとり死ぬ噺。いかに直接描写をしないで済ますかを考える、先人の工夫がみられる。

桂米二師の「蛇含草」に続きます

 

作成者: でっち定吉

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