BS朝日「御法度落語おなじはなし寄席!」から その13「蛇含草」

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そば清は西にはないが、東で蛇含草を掛ける人は数人いる。
瀧川鯉昇師が有名。林家木久扇師も持っている。
私は、円楽党の三遊亭楽大師から二ツ目時代に聴いた。板前上がりの食いしん坊。
そば清と蛇含草、両方やる人はいないと思うのだが、いてもよさそう。

あとの出番の米二師、今回は別にやりづらくはなかったのではないかと思う。
展開はまるで違う噺だから。
米二師、日経新聞のWebで、「京の噺家桂米二でございます」を連載していたのはずいぶん以前のことになる。いつも楽しみにしていて、繰り返し読んだものだ。
定期的に東京でも会を開いている師匠。一度聴きたいなと思っているのだが。
師匠・米朝とは芸風はかなり違うが、なんともいえない艶がある。
暗いイメージを持ってもいたが、年齢を重ねるとともに、なにか弾けた印象を受ける。
弟子の二葉(によう)さんは、昨年のNHK新人落語大賞に出場した。

米二師、冒頭で蕎麦アレルギーの話を軽く振っていた。
そばが大好物の師匠・米朝は、蕎麦アレルギーというものの存在をまったく理解していなかった。
そんなアホな話あるかいと、試しに弟子に食わせてみようとしたことがあるという。今だったら大問題だが。
米二師は、そばをゆがいた湯を使っていると、うどんを食べても発症してしまう。なので、師匠についてそば屋に行くと、「鍋焼きうどん」しか食べられるものがなかったという。
そばぼうろも食べられないのだからなかなか厄介ではある。

林家ひろ木師も、蕎麦アレルギーだからと断って「時うどん」を掛けていたのを、浅草お茶の間寄席で聴いた。本当かどうかは知らない。
三遊亭好楽師の末弟、スウェーデン人の好青年さんは、小麦アレルギーだと話していた。なので欧州より日本のほうが住み心地がいいんだそうだ。

話がそれた。
米二師、夏の噺なのでこんな時季にはやらないと話していたが、収録から日が立って、そろそろ寄席で出してもいい季節になってきた。

甚兵衛さん(恐らく)を徳さんが訪ねてくる。
徳さんは調子がいい男だが、喜六のようなアホとはちょっと違う人物造形。
天然ではなく、隙を見ては、すぐに甚兵衛さんをなぶろうとする男。

麻の甚兵衛を着た設定でないとおかしいので、わざわざ夏の噺に設定したという米朝。
実に理屈っぽい人だったのだ。
枝雀も理屈っぽかったのだが、米朝の理屈っぽさとはまったく方向性が違っていた。
いっぽう、米二師は「リクツ」とあだ名がついたという、本式の理屈の人。米朝と近かっただろう。
でも、わざわざ夏に設定することで、餅をなぜ夏に食べるのかという疑問に答えなくてはならなくなる。
あちら立てればこちら立たず。
米朝の理屈には敬意は払うが、もうちょっとぞろっぺえな人もいてもいいなんて思います。食欲の秋にだってできると思うけど。

東京のワイガヤとまったく異なる、男二人の会話が続く。まあ、漫才ですな。
東京にも男二人の会話はあるが、だいたい根問いもの。いっぽうが隠居や先生で、立場が上。そこにアホなほうがアタックしていく構図。
それはそれで好きなのだけど、上方の、比較的対等な会話というもの、実に楽しい。
お互い、ムカつきあいながら結構楽しんでいる。
甚兵衛さんも、別に徳さんが憎くて痛い目に合わせたわけでもないのだ。
餅の曲芸もいいアクセント。多くの上方落語家はここで頑張るだろう。
それはそれでいいのだが、米二師の地味な曲芸は、噺から決して遊離しない。
京の噺家だが、東京のファンに愛される雰囲気がある。

しかし繰り返し聴いて思ったのだが、よく考えたらそば清も蛇含草も、これほど気持ち悪い噺もないもんだ。
人が死んでしまうことについてもそうなのだが、それ以前に。満腹で気持ちの悪い、そのさまが。
この気持ちの悪いシーンを楽しく乗り切るためには、根本的に楽しさがなければならない。
耳から餅が出そうというあたりは、意味のないクスグリではなくて、客を気持ち悪がらせないように使われている。

サゲは上方の場合、まずほとんど割ってしまう。だが、説明の仕方に無駄がなく、スムーズでいいなと思う。

最後の芸談は実にすばらしい。
実はおっちょこちょいの人間国宝・米朝が、蛇含草の仕込みを忘れて、草を取りに戻ったり、慌てて口に含んだりしたという。
まあ、そういうこともあります。それを機に新たな演出が生まれたりもする。
人間国宝は決して神さまじゃない。平気で裏側のエピソードを語る米二師、すばらしい。
今ご存命の人間国宝は、誰もタダの人間だと言わない。そこが私なぞ気持ち悪い。

左龍師が、さん喬の教えとして語っていたのは、噺家の実力について。
あいつを抜いたと思ったら、だいたいそいつと同じぐらいだと。
これ、さん喬師だけでなく、落語界には代々伝わる教えだ。志ん生もこう言っていたそうで。

この番組、一度特番で芸談集を出して欲しい。カットされた部分に、宝の山があるに違いない。

土橋万歳/蛇含草/正月丁稚

作成者: でっち定吉

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