池袋演芸場25 その5(古今亭菊之丞「酢豆腐」)

この日のお客は、池袋にしてはそんなにとんがっていない気がする。
喬太郎師を通じ、徐々に落語(と楽屋ネタ)に詳しくなっている過程の人が多そうだ。
楽しい毒舌合戦をことさらに笑う感じではないのだが、演者のほうは通常運転。

桃月庵白酒「馬の田楽」

桃月庵白酒師は、喬太郎師と掛け持ちのルートが逆で、末広亭の夜トリ。
コロナから復活した師匠。
コロナ発生で、「掛け持ち」は減るんじゃないかなんて憶測記事を読んだが、そんなことはない。
面白古典落語のエースであるが、私は実は超久々である。なんと4年振り。
避けてはいないが、弟弟子の馬石師が好きなために自然こうなるのかも。
4年前に鈴本で聴いた際の「新・三十石」の記事は、Yahoo!ブログ時代に結構ヒットした覚えがある。

先日「おなじはなし寄席」で「だくだく」を掛けていた白酒師。千原ジュニアに、(テレビなので)毒が薄めだと指摘されていたが、私は薄めの毒にこそ、この人の真価を見た。
デービス死球事件をきっかけに、「わざとぶつけてるのだ」とパ・リーグ他球団から一斉に批判を受けたライオンズ東尾が、しばらく外角のスライダーだけで勝負したみたいな。
打者はシュートの幻影におびえ、外角に手が出なかったのだ。
はて、白酒師の毒舌を語るのに、この古いたとえは合っているかな。

あずみさんをさっそくdiSりまくる白酒師。
あの性格のややこしさは、京都という難しい土地の出身だというところによりますと、京都までいじる。
私は鹿児島ですから。薩長に対して含むところがあるんでしょう。
だいたい、さっさと曲を弾けってんですよ。無駄な喋りばかりして、弾くと思ったら弾かなくて、アサダ二世と一緒じゃないですか。
私はたい平師匠と仲がいいもので、なにを言っても私のほうが信用されます。
結論としては、あずみさんは私のことが好きなんだという。

さんざん毒で笑わせておいて、この後地味な噺で爆笑させるところが白酒師はすごい。
「馬の田楽」である。
知ってはいるが、現在では珍品だろう。「珍しい噺」の例にすら挙げない。

田舎が舞台で、かつ登場人物全員が地元民だという古典落語は案外少ないものだ。
「夏の医者」ぐらいしか思い浮かばない。あとは喬太郎師の復刻落語「仏馬」とか。
こうした落語は、全編を通じて田舎ことばで演じることになる。
そして白酒師の田舎ことば、かなりの悪意を感じる。ご本人も鹿児島だからと思っていると、この悪意スルーしがちだが。
演者が露骨な悪意によって田舎者たちを動かし、客がそれを楽しむ、そんな落語。
登場人物は、全員がお人よし、といえば確かにそうなのだが、実のところ馬鹿ばかり。
するなと言われたことを忠実にして、して欲しいことをスルーする人たち。
子供は馬に悪さをするなと言われると、忠実に悪さをする。
なるほど、白酒落語は実にもって面白いのだが、いっぽうで積極的に聴いてもこなかった個人的な理由も腑に落ちる。
みんなが幸せに生きているとされる落語の世界に、師は明らかに荒波を起こしている。
そのあたりがよくわかったので、こういう落語であることをわきまえた上でもっと積極的に聴く気になりましたよ。私の心中まで荒波が来なければいいのだ。

古今亭菊之丞「酢豆腐」

仲入りは古今芸菊之丞師。贅沢な番組だ。
古今亭を代表する季節の噺、酢豆腐。
冒頭、寄合酒みたいな、酒はあるが肴がないという状況が続く。寄合酒の場合は各自調達に出向くわけだが、この噺の場合は「ぬか床から古漬けを出してくる」という解決策がある。
でも誰も実行しようとしない。
酢豆腐自体、ちりとてちんに押されそんなに掛かるわけではない。そのマイナーな噺の、必ずあるとは言えないくだり。
楽屋の立前座もこの噺がわからなかったそうだ。クイツキの喬志郎師がバラしていた。
立前座はネタ帳付けなければならないので、他にいないから喬志郎師に訊く。だが「俺に訊くな」。
ただししばらく聴いていれば、たてはんも出てくるし、「こんつは」の若旦那も出てくるから大丈夫。
ワイガヤなので、「提灯屋」とツいていないかだけ少々心配。

ちなみに以前、芸協の桂小文治師から聴いた酢豆腐では、寝ている半公を起こす、浮世床みたいなくだりから始まっていた。
あまり出ない噺にも、バリエーションはいろいろある。

それにしても菊之丞師、女が得意なのだが、おアニイさんばかりの噺も見事である。
そして、男ばっかりなのに不思議な色気が漂う。小間物屋のみいちゃんに岡惚れする建具屋の半公は、おっちょこちょいで愛すべきキャラ。
たてはんから首尾よく1円巻き上げてご機嫌な若い衆、続いて伊勢屋の若旦那を騙しにかかる。
この若旦那、ひどい目に遭う理由があるだろうか。
菊之丞師の噺を聴く限りでは、そんなにはないと思う。落語の客がそもそも、若旦那をイヤな奴だと認識していないのだから。
ではこの噺は一体何なのかというと、若旦那を仲間に入れる通過儀礼だというのが私の解釈。菊之丞師の酢豆腐は、この見立てにぴったり。

粋な気分で仲入り休憩。
普通の流し込みの夜席なら、ここで帰る人が多数いる。菊之丞師を聴いた後というのは、実に帰りやすい気分。
しかし、ほとんど席を立たないのであった。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。