神田連雀亭ワンコイン寄席6(春風亭昇羊「鰻の幇間」)

美るく / 牛ほめ
昇羊  / 鰻の幇間
扇兵衛 / 厩火事

月曜の連雀亭は、三席のうち二席が水準以上のいい高座だったにもかかわらず、残り一席のお陰で非常に精神的負担の強いものだった。
土曜日、口直しにまたワンコイン寄席に出かけます。
黒門亭二部とハシゴ予定。まあ、連雀亭だけで帰る可能性も踏まえつつ。帰る場合は、圧倒的な満足を得たので帰るとしたいものである。
聴き手の努力ではどうにもならないこともあるけれど。まあ、この日の顔付けなら泣いて帰ることにはならないでしょう。
その顔付けは落語協会二人と、芸協の春風亭昇羊さん。
昇羊さんが目当て。二ツ目という区切りに捉われず、今私の一番好きな噺家さんかもしれない。上手いのに、とても気楽に聴ける人。
上手くて面白くて、若さを武器としてフル活用している、神経細やかな変人だ。

三遊亭美るく「牛ほめ」

トップバッターは三遊亭美るくさん。久しぶりにお見かけする。以前鈴本の二ツ目枠で、はいからさんみたいなお洒落な袴姿で「たらちね」を語るのを聴いた。
歌る多師匠の弟子だが、師匠からは、普通一字もらって名前を付けるものである。あ、「る」をもらったのか。
ワンコイン寄席はいつも埋まる(この日は20人弱)が、昼のきゃたぴら寄席はその限りでなく、そして夜席など客ひとりということもあると。
確かにたまにひと様のブログで、そんなつ離れしない席のレビューを見る。
ネタ帳見ると、中止の会も結構あるんだそうだ。つまりひとりも来なかったのだろう。
そんな連雀亭だが、出演が続くときはやたら続く。今ちょうど美るくさんもそんな時期で、ネタ切れなので前座噺をやりますとのこと。大ネタはあとの二人に任せる。
可愛らしい与太郎さんが出てきて牛ほめ。
女流も増えて、今や女性が講談ではなく落語を語っていても、さして違和感を持たれづらくなったのではないかな。
そして上手い女流は、揃って子供の噺が上手い。与太郎が子供かどうかさておき。
いいデキだった。女性は落語に向かないなんてことを今さら言う人もまだいるかもしれないが、結局聴き手の慣れの問題でしかない。

春風亭昇羊「鰻の幇間」

春風亭昇羊さんのマクラは今日も楽しい。日本一マクラの楽しい噺家を目指して欲しいと思う。
マクラのテーマは首尾一貫していて、「人付き合いの難しさに常に悩む僕」である。昇羊さんより二回り上の私だが、非常に共感するのです。
協会違いの先輩で、しかも女性の美るくさんと、楽屋で会話を続けなければという大きなプレッシャーからスタート。
美るくさん、末広亭の円歌追悼公演に出るが、持ち時間が10分。なにをやったらいいかと昇羊さんに相談を持ち掛けた。昇羊さん、10分だったら「寿限無」でいいのではないかとすぐ思いついたが、即答してしまうと会話が終わってしまうというプレッシャーに襲われる。
そこで、ああでもないこうでもないと話を長引かせていたが、美るくさんのほうから「やっぱり寿限無でいいよね」と言われた。
結局、話が速攻終了。
このマクラ、即興で作ったのだろうか。すごい才能だと思う。
羽織の紐を結び直して、人付き合いの得意な人の噺ということで鰻の幇間。
今の時季に向いた噺だ。
またしても古典落語。いったい誰に教わったのだろう。芸協では、小遊三師匠などが手掛けている。
これがまた、絶品の一席でありました。

だいぶ作り込んでいるらしく、誰の噺にも似ていない。
この噺、「協調性には富むが主体性のないたいこ持ち」のマクラから始めるのが普通だと思うが、昇羊さんは一八(名前は出ていないが、たぶんそうだろう)自身の旦那に対する行動として、本編にこれを盛り込む。いや、このほうが自然だし、ずっと面白い。
オーバーアクションの一八、言いたてのように流れる口調のシーンも多々あって、とても気持ちがいい。
旦那に勧められて、昇羊さんも実際に羽織を脱ぐが、この羽織は旦那が着て帰ってしまう。
この噺、登場人物はほぼ二人で、ちょっと出てくるお姐さんは通常影が薄い。しかし昇羊さん、このお姐さんも攻める攻める。
なにせ、白目をむき出して客に返事をするのだから。ほとんど化け物である。
先人の噺を叩っ壊しておきながら、それは見事に再構築されていて、不自然さはまるでない。悪ふざけとはほど遠く、そして噺家さんのかたちも実に粋。
ギャグとは直接関係ないが、勘定のことを言い出すのは一八のほうだった。そして、旦那とは実はまったく逢ったことなどなく、向こうは最初から騙す気でいたのだと、そのいたずらにも理由をつける。
男前の昇羊さん、ビジュアルも立派な武器。
誰かに似ていると思っていて、この日ようやく気が付いた。山上たつひこの「玉鹿市役所 ええじゃない課」の登場人物、「ミスター真ちゃん」だ。
誰だよそれ。

林家扇兵衛「厩火事」

トリは林家扇兵衛さん。入場時の受付にいたのはこの人だが、間近で見るとつくづくでかい腹である。
ビジュアル的にもなんだか憎めない噺家さん。この人が顔付けされていると、とりあえずプラスに勘定しておく。
よく、桃月庵白酒師匠が、よく女性に「ほっぺた触っていいですか」などと言われるという内容のマクラを振っているが、扇兵衛さんにも似た雰囲気がある。
噺のほうは正直、感心したりしなかったり。
外れもあるけど、それでも発散する空気が常に楽しいので、聴いて損をすることはまずない。そういうのが、噺家の脂質、じゃなかった資質として実は一番大事な要素なのだと思う。

この人もマクラが楽しい。GWは、浅草演芸ホールの正面で木久蔵ラーメン売ってるのでよろしくと。年配者にはとても評判のいいラーメン。
それから悋気のマクラ。「噺家がお白粉付けて待ってるんでしょ!」という定番のマクラを膨らませる。
悋気の独楽でもやるのかなと思ったら、厩火事だった。あ、この次ハシゴするつもりの、黒門亭二部の左楽師ネタ出しと被っちゃった。別に扇兵衛さんに責任はないが。
25歳独身男性が掛ける噺とも思えないけども、まあいろいろ覚えておこうということだろう。
この人の噺、演出がどうのとは別に、いつも変なところに感心させられる。
この日も、暑い日なので汗をかきまくる扇兵衛さんを見かねたらしく、噺の途中で冷房が動き出す。お崎さんをやっていた扇兵衛さん、すかさずこれをネタに取り入れて「だからいろんな人に感謝するっていうことですよ」と強引に噺に織り込んでいた。
それ以外特に着目した点はなかったのだが、聴いてしんどい人ではないので、決して外れではない。
ともかくこの日の三席、月曜日の悪夢を払拭するには十分でありました。

ワンコイン寄席がはねると、先に出た二人の噺家はもういなかった。一席終えたばかりの扇兵衛さんひとりで見送ってくれる。
階段に、昼のきゃたぴら寄席の客がずらっと外まで並んでいてびっくり。
神田松之丞さんの人気はすごいね。講談が盛り上がるということは、芸協が盛り上がるということでもあって好ましい。
その松之丞さん、もちろん素晴らしい講談師だけども、個人的には昇羊さんはもっといいと思う。

黒門亭はここ神田須田町から歩いて行ける距離。
そちらに続きます。

作成者: でっち定吉

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