黒門亭9 (柳亭左楽「厩火事」)

《4月21日・第二部》
小ごと / 道灌
緑太  / 口入屋
種平  / ぼやき酒屋
(仲入り)
小團治 / 鴻池の犬
左楽  / 厩火事(ネタ出し)

ワンコイン寄席を聴いた神田連雀亭から、歩いて上野広小路へ。黒門亭の二部。
ワンコイン寄席で林家扇兵衛さんが「厩火事」を出してしまい、どうしようかちょっと悩んだが結局黒門亭にやってきた。今日の主任、柳亭左楽師のネタ出しである。
若い二ツ目さんの落語も実にいいものだが、いっぽうで最近、70代、80代のお爺さん噺家を私は好んで聴いている。60代なんてのは、落語界ではまだまだ若手も同然。
超ベテランの噺家さん、なんだかたまらないんですよねえ。
寄席に普段は出ていないという人も多い。少々不謹慎だが、聴けるときに聴いておきましょう。
昨秋、昭和大学での無料の落語会で左楽師の「権兵衛狸」を聴き、円熟の芸にしびれた。聴く機会を狙っていたらようやく巡ってきた。ネタが被るくらいで避けてはもったいない。

この日の黒門亭は、結構空いていて半分の入り。
「黒門亭どのくらい並ぶ」なんて検索キーワードで当ブログにお越しいただく方もいるようですが、ほとんどの席はこんなものです。
40人並んで札止めになるのは、かなり売れている人のときだけ。「え、この師匠が黒門亭に!」というときには整理券が出て、札止めになります。
しかし、混雑しているいないに関わらず、黒門亭の満足度はおおむね高い。この日も非常に満足しましたよ。

前座の柳家小ごとさんは年末にもここで聴き、そこそこよかったのたが、そのときと同じ演目の道灌。
しかし、短い期間で随分とパワーアップしていて驚いた。前座とは思えない力の抜け方、八五郎のふわふわ感が、聴いて楽だし心地よい。
師匠・一琴の教えなのか「ライスカレー」も入っていない。
だいたいこの前座噺、勘違いしてギャグでウケさせようとしても、まずウケない。ところが、気負わず会話の楽しさを心掛ければやたら楽しくなってくる、不思議な噺。
道灌には落語のすべてが詰まっていると先人も言うのだが、まったくそうだ。
小ごとさん、とぼけた人だが、決して「天然」ではないと見た。自分の特性をすでによくわかったうえで天然を演じているのではなかろうか。
噺家には、高座でまとうキャラがとても大事だと思う。それをよくわかっているのだ。
なかなか先が楽しみ。
料金のうちに入らない前座さんが楽しいと、その席には助走がつき、とてもポイントが高くなる。

柳家緑太「口入屋」(引っ越しの夢)

二ツ目の柳家緑太(ろくた)さんは、連雀亭で昨夏に聴いた。未就学児の坊やが「ねえ、まだ終わらないの?」とおしゃべりしていた席である。
花緑一門は揃って皆上手い。だから最近、立派な師匠である花緑師の批判はしないことにしている。
この日はよく笑う女性客が多かった。客席に女性がいると(特に年配の師匠たちが)やる気が出ますというマクラから、「引越しの夢」。
そんなにのべつ掛かる噺ではない。若手がこの噺やるのを聴いたのは、随分昔の三三師以来だ。
緑太さんもまた、実に達者。
番頭さんのドガチャカから、棚を二人で持ち上げる所作まで、スキなく無駄なく、終始明るく楽しい。チョイ役の定吉もいい。
番頭さん、新たに来た女中が目の前から消えているのに語り続けるのがウケどころであるが、緑太さんは、番頭さんが近眼なのにカッコつけて紐メガネをしないので気が付かなかったと、合理的な説明を加えていた。
なんだかわからないがひとりで話を続けているというシュールな描き方でも構わないのだが、このあたりは噺家さんが自分で納得するための材料として大事なのだろう。こういう部分は噺家さんに任せたい。
女性の客、みなこの夜這いの噺、好きなんですね。スケベでバカな男たちを笑うというのは、落語の最大の醍醐味なのかもしれない。
新入り女中が、あくまでも記号として描かれているのがいいんだろう。そうじゃなかったら生々しくなる。

なぜか階段下のボードには、この噺の演題が「口入屋」と書かれていた。サゲも「引越しの夢を見ておりました」なのに、なんで上方落語の演題なんだろ?
だいたい、口入屋出てこないじゃないか。
ともかく、連雀亭からの流れで、引き続き二ツ目さんを楽しく聴かせていただいた。
緑太さんのこの日のブログには、「黒門亭らしからぬ陽気なお客様で驚きました」だって。らしからぬって。

***

最近の私、聴きに行く落語が、若手と超ベテランとに二極化している。この日の黒門亭も二極化しており、この先はお爺さんばかり。お爺さん大好き。全員が全員じゃないけどね。
芸歴50年、69歳の林家種平師は楽しいマクラからそのままのテンションで、ぼやき酒屋。
「俺、マクラは結構人気あるんだけど落語に入るとどうもね」だって。
柳家はん治師がよくやる桂文枝作の新作落語だが、種平師の噺には、さらにもうひと昔前の落語、「居酒屋」のエッセンスもどことなく感じられる。
「船場吉兆みたいな」というクスグリを入れる。居酒屋の亭主のセリフで「ちょっと古くないですか」とツッコミ。「でもまだちょっとウケるんだよ」。
これはいいけど、夏川りみなどの沖縄出身者を並べてみるギャグで、「オレンジレンジ」を「小林稔侍」でボケるネタはさすがにもうやめた方がいいんじゃないかと思った。
オレンジレンジって・・・流行りもんはすぐ古くなる。
さらっと海老名家に関する内輪のギャグも入っていた。
ちなみに、日本橋亭のご自分の会で「黄金餅」をネタおろしするらしい。道中付けを覚えるのが大変だそうだ。本当は若い頃から聴いて耳に入ってるんでしょうけどね。
女性がよく笑うので、この師匠もご機嫌であった。

73歳の柳家小團治師は初めて聴くと思う。だが、デジャヴでなければどこかで聴いたような気がする、かなり個性的な師匠。
とんがって個性的なのではなく、練りに練られた個性の発露。
犬の話題とよくウケる小噺を振ってから、戌年なのでと「大店の犬」。これもボードには「鴻池の犬」と書いてあった。
この噺を東京でやるのは柳家さん喬師と、正月に両国で聴いた林家正雀師だけだと思っていた。
正雀師ともまた違う、不思議に聴かせる口調である。
お爺さんっていいな。

柳亭左楽「厩火事」

トリは81歳、柳亭左楽師のネタ出し、厩火事。
同じ噺を一日二回聴くのは初めて。昼夜入れ替えのない席を通しで聴いても、決して噺は被らない。似た噺もだ。ただ、ハシゴをしたときだけ、丸々同じ噺を聴く可能性がある。
だが同じ噺を二度聴くのも、噺が脳内で立体的になって、意外と悪くなかった。
「噺家がお白粉付けて待ってるんでしょ!」のマクラまで同じ。
左楽師の厩火事は、地味かもしれないがそれは圧巻の一席でした。連雀亭で聴いた扇兵衛さんを悪く言う気は別にないのだが、厩火事を語るには人生の厚みが必要ではある。
というかそもそも、ネタなんて尽きるところなんだっていいのだと思う。超ベテラン噺家のたたずまいは観ているだけで美しい。語りに耳を傾けると、噺の行間がしみじみ楽しい。
「なぜ趣味として落語を聴くか」という質問に対する答が、全てこの高座の上にある。

ときどきセリフを忘れる気配の左楽師。しかし、聴いて全然気にならぬ。ご本人がまるで動じていないので。
厩火事の兄さん自身が、実際に言葉に迷っているように映り、極めて自然体である。落語は覚えた通り機械的に喋る芸ではない。
麹町の猿のくだりも極めて自然。スムーズに耳に入ってくる。
一席終わって湯のみの白湯(薬湯か)をすする左楽師、実に美しい。
私は気に入った高座について通常、長い長い感想を書く。
だが今回、あんまり書く内容がない。記事の短さは、左楽師から私が味わった高い満足と比例はしない。
いちいち書けない行間の部分に、落語の味わいが詰まっている。
またどこかで左楽師を聴きたい。

久々の落語のハシゴ。まあ、合わせて3時間、料金はわずか1,500円ですけど。
非常に満足しました。

作成者: でっち定吉

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