三遊亭鳳月「たがや」@神田連雀亭ワンコイン寄席

ヒマならヒマで出かけるし、忙しければ忙しいなりに、「今のうちに」と結局出かけるのであった。
久々に、らくごカフェの柳家花緑弟子の会に行くことにする。秋の新真打、柳家花いちさんが出る。
どうせ出かけるなら、ついでに神田連雀亭ワンコイン寄席を一緒に付けてしまおう。2か所(合計2時間半)併せて実に1,000円と贅沢なハシゴ。
ただちょっと今回は、どちらもイマイチでした。
行かなきゃよかったとまでは言わないが。

神田連雀亭のワンコイン寄席は、面白いことに3人円楽党。
三遊亭鳳月、三遊亭鯛好、三遊亭ぽん太。
ただ、全員円楽党なのにこれに関する言及は誰からもなされなかった。
客は7人。

今日の記事はトップバッター、鳳月さんの特集にします。この人の「たがや」は、とてもよかった。
他のふたりは悪いが簡単に。
鯛好さんは「フラ」と言ってもいい味の持ち主。気弱な主人公の出てくる噺を気弱に演じる。
「上手い」ということはないが、魅力も感じる個性的な語り口。
部分部分はなかなか魅力的な人なのに、どうして噺の全体像がパッとしないんでしょうか。
もともと当たり外れは多い人だが、今日の「たいこ腹」は当たりのほうだったとは思う。
一点よかったところ。若旦那が幇間・一八の腹部をじっと眺めているというのが、当の一八の口から語られる。
ほんの一瞬、「人の体に鍼を刺してみたい」若旦那の気持ちが、勝手にこちらに入ってきた。

トリのぽん太さんは、二ツ目になって初めて聴く。
「怪談乳房榎」の冒頭「おきせ口説き」。
私は怪談噺は好きなほうだと思うのだけども、続きを聴きたいとは思わなかったな。「悪の魅力」を感じなくて。
まあ、客の前でやらなきゃモノにならないから。
ぽん太という名前は、三遊亭圓朝の門下にいたのだ。奥山景布子「圓朝」にも名前が出てきていた。
だから圓朝ものをやりたいのだろう。

さて鳳月さんは、2019年に3度4席聴いて以来のご無沙汰。
芸人上がり(漫才)のくせに、決して面白さに走らないという、実に強いこだわりの人。
一昨日の日曜日、連雀亭に出たばかりだが、選挙カーの演説が大きく、大変だったそうで。
窓開けてるからな。
今日もそんなことがあるかもしれませんが気にしないでくださいと。結局、トリのぽん太さんのときに通ってたけどね。

鳳月さんは、古典落語付随のマクラをしっかり語る、いまどき珍しい人。
義務的に振る感じは一切なく、ちゃんと肚から語っているので、手垢のついたマクラが楽しい。
おなじみのマクラを鳳月さんのように楽しく語れない人は、自分で作ったほうがいいと思います。
客席の「待ってました」から歌舞伎の「音羽屋」へ、そして花火の声掛けへ。おなじみのクスグリを入れながら既存のマクラだけで楽しく進む。
玉屋と鍵屋のエピソードも、蜀山人の狂歌も入れて語る。
2年前、梶原いろは亭で聴いた演目だが、それは綺麗に忘れていた。まったく新鮮に聴かせてもらう。

「たがや」はこれからの季節に非常に人気のある噺。
だが私は別にそれほど好きでもない。どうしてそう思うか考えたこともなかったが、鳳月さんのおかげで初めてわかった。
町人のたがやが、なぜか突如スーパーマン振りを発揮して、侍たちを返り討ちにしてしまうというのが噺のハイライト。
その結末に向かって勢いよく進む噺であるがゆえに、「雑」過ぎるというイメージをいつしか持ってしまっていたようだ。
そして地噺であるため、多くの演者がギャグを入れすぎる。そんな印象も持っていたかもしれない。
実際に、よく聴く話なのにギャグの副作用で噺の細部の記憶が極めて散漫なのである。それだけ散漫な語りをする人が多いということか。

鳳月さんは、ことごとく丁寧だ。
騒動の原因、急いで橋を渡りたい理由、侍が怒る理由、たがやが勝ってしまう理由、そのすべてにいちいち納得がいく一席。
そんな馬鹿なという展開に、大変な説得力がある。
たがやが侍たちを斬り伏せていくシーンにおいて、「あ、これそういえば地噺だ」と気づいた。
もちろん地噺に決まってるのだが、鳳月さんがさらにパワーアップすれば、客にそんなこと一切気づかせないでサゲまで行ける気がする。

画もよく浮かぶ。なにしろ、たがやが商売道具を肩にかついでいる描写から入る。
そんなの、過去に見たことあったかな。
橋の上にズラッと並ぶ野次馬、侍とたがやの位置関係、全部画が浮かぶ。
たがやの商売道具であるタガは竹を巻いたものだが、商売道具が落ちたはずみに、くるくるっと巻いたこれが勢いよく伸びて馬上の殿様のかぶり笠を弾き飛ばしてしまう。
この画もすばらしい。
そりゃ侍も怒るし、悪気の一切ないたがやの側も抵抗するさ。

侍3人を斬っていくシーンも、実に説得力がある。本当はそんな噺だったのだなと新鮮な驚き。
この噺は、マンガなのだと思っていたのだ。マンガが悪いというのではないけれど、妙にリアルな展開に楽しさが溢れる。
1人目の侍はおどおどしてるので、たがやに刀を落とされ、斬られて当然。
2人目はとても強いのだが、たがやが思わずしゃがみこんでしまったため、橋の欄干で助かる。そして侍には運悪く、欄干の隙間に刀が入ってしまう。
殿様との対戦だけはあえて隙をこしらえたたがやの作戦勝ち。なんでそんな策が使えるのかは不思議だが、2人倒してだんだん強くなってるのだろう。

たがやの啖呵も見事。大工調べじゃないが、拍手したくなった。

槍の先端をたがやに落とされ、「やりっぱなし」のクスグリは鳳月さんも入れていた。
別に違和感はなかったのだが、ここ抜いていいのではないかと思った。鳳月さんの世界観にマッチしているのはそちらでは。

明日はらくごカフェのほうを。

作成者: でっち定吉

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