遊馬・今輔二人会 その4(三遊亭遊馬「井戸の茶碗」)

「表札」は、いかにもというイメージ。いにしえの芸協新作のムード。
仕送りを送ってくれている親に、すでに「仕事・妻・子供」があることを伝えられていない。その親が急に上京してくるのでどうしようという噺。
当初は隣の先生に部屋を代わってもらってごまかす。
久しぶりに会った父親が、「就職しろ」「結婚しろ」「孫の顔が見たい」というたび、それにいちいち応える息子。なにせ全部持ってるんだから。
そんなバカな、と思いつつ話がとんとん進んでいく、よくできた噺。本来、設定の古さなど別に気にしなくていい。
だが二ツ目さんが掛けてると、たぶん気になると思うのだ。

新作落語の多くはそもそも掛け捨て。その場限り。
もう少し、繰り返し掛けるに値する噺も無数にある。それでも、作ったとたんに古びていく宿命にある。
新作落語だけでなくて、世の中のコンテンツはみなそうだ。古典落語の生命力が異常なのである。
まれにとてつもない生命力を持った新作落語が誕生するが、それはあくまでも古典落語として残っていく。
今村信雄作「試し酒」、益田太郎冠者作「宗論」「堪忍袋」が典型例。あとは圓朝。

本来的に、「新作落語の伝統」を次の世代に残すのはとても難しい。やりゃいいってもんじゃないのだ。
近代が舞台のものも難しい。「ぜんざい公社」はテーマが優れているので残っているが、公社自体存在しない現代ではやりづらくなりつつある。

だが古今亭今輔という大きな名を継いだ当代の師匠、昔の新作を実にスムーズに語れる人である。
2年前の独演会で、柳家金語楼作の「変わり者」という、高座で掛けられたことすらあるのかないのか不明の噺を聴き、これを感じた。
どうして師はスムーズに昔の新作を語れるのだろう。これに答えるのはなかなか難問。
噺に迫り過ぎない師匠のほうが、古い新作のように焦点が当てづらくなった噺を語るには有利だと思う。客がギャップを勝手に埋めてくれる。
だが今輔師、そんなスタイルじゃないのだ。
師の秘訣は、登場人物が本気でふざけていることではないだろうか。ふざけっぷりが、噺のギャップを綺麗に吸収してしまうのだ。

新作の伝統を見事に継ぐ今輔師であった。

ヒザは鏡味正二郎師匠。
この日の客、なんだかやたら拍手が早くてずっこける。まだ叩くとこじゃないよという。
まあ、一生懸命やってる演者に喜んでもらおうとしてのことなんだろうけど。

トリは再びの三遊亭遊馬師。
亡くなったばかりの宮田章司先生の思い出を。
お客から注文をもらって物売りの真似をするのだが、あるとき小学生のお嬢ちゃんが「ピザ屋」とリクエスト。
粋な先生は、「江戸時代にはピザ屋ないんだよね」などと言わない。あいよと受けて、扇子を振りかざし「♪ピザーラお届け」。

寄席の外で、子供が叫んでいる。
さすがにスルーできなくなって、マクラを止め、これに触れる遊馬師。
この日はマイク2本出して録音してるんだけども。

物売りから、江戸時代のリサイクル業者である、くず屋へ。
ということは、井戸の茶碗。うーん、私が師から最後に聴いた噺だ。
前回聴く前に、すでにVTRを繰り返し聴いてもいたのだった。
でも、本当に素晴らしいデキでした。楽しい会の締めくくりに最適な、いい噺。
いい噺であり、そして演者の「どうだ」といういやらしさなど皆無。
遊馬師は、丁寧に、しかしそれと相反するようだが簡潔に、登場人物の心情を描いていく。
客が高座で触れる登場人物が、すでに十分に人格高潔。細川のお殿さまが深く感心するのは、我々客にとっては決して他人ごとではない。
後で冷静に考えると、持っているVTRも、前回のものも、今回のものもほぼ同じである。
だが聴いている最中、まったくそういう印象は受けない。毎回同じように、いい噺だなと思って聴けるのである。

やはり、多くの演者が注力しそうな仇討のくだりはない。
同じく、道を通るくず屋たちの面体改めもごく短い。ここで、裏表がわからないなど侮蔑的なことは一切言わない。もう被り物を脱いでいたのかと、驚きはするが。
遊馬師は噺を作り上げる際、いったんクスグリを全部抜いて、それから改めて埋めていくのではないだろうか。
オリジナルギャグとして、清兵衛さんが高木さまに、一度目は鎖鎌で、二度目は吹き矢で脅されるというのがある。
前回聴いたものとは、吹き矢と鎖鎌が逆だった。なんでそんなところに気づいたのか? なんでだろう。
たぶん、前回間違ったのだ。きっちりしてそうで、ある種極めて適当な遊馬師。

深々と頭を下げて、幕が閉まるが、拍手の大きさに応じてまた開く。
遊馬師、頭を上げて驚いていたので予定のことではないらしい。
アドリブで感謝を述べ、楽屋にいる全員を高座に上げる。「私服だと誰が誰だかわからないでしょうが」。

3時間弱の、高パフォーマンスでズシリと来る会でした。
そしてこの日本橋亭の定席である落語会、とても居心地がよく、また来たいものだ。

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作成者: でっち定吉

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