鈴本演芸場6 その3(隅田川馬石「粗忽の釘」)

息子のぽん平さんが持ってきたあいびきを使う、膝の悪い林家正蔵師。説明はもう面倒なのか、ない。
浅草と鈴本という、台東区の二つの寄席の比較。我々は掛け持ちすることもありますが、お客さんは結構違います。着てるものとか。
「かかみせ」「ことしゃみせん」のマクラ。ここから入る噺は、松山鏡だけ。
今日のお客はどっと沸く感じではないので、静かな噺を選んだのでしょう。
お代官さまに呼ばれて出向く前のくだりが少々あるのが珍しいと思う。
正蔵師の松山鏡は、人情噺の要素が強い。鏡を知らない純朴な田舎者を嗤うような作り方ではない。
欲がなく真面目に生きて、かみさんのことも大事にする農夫。そして、亡くなった親父に会いたくて仕方ない。
かみさんに黙って鏡の中の親父にいつも会っているが、それは言いつけを守ったからに過ぎない。かみさんをないがしろにしているわけではない。
みんながみんなを大事に思っている、実に優しい世界の噺である。
優しい世界で、優しい尼さんが夫婦のトラブルを優しくまとめてくれる。

柳家さん生師は、最近では売れっ子、わさび師の師匠というイメージ。山椒と山葵。
さん生師の高座、過去に聴いたことあったかどうか?
私はこんなヘアスタイルですが、中途半端に伸びているとのれんに引っ掛かって痛い思いをしますと言って床屋のマクラを振る。
床屋が熱いタオルを持っていられず、顔に落っことされる客はさん生師ご本人。
海老床小噺から、無精床に入るのかと思ったら浮世床だった。夢だけ。
私も一緒に夢に落ちてしまいました。
さん生師の語りが気持ちよかったからですよ、もちろん。

林家楽一師の代演で、江戸家小猫師。
静かな客席をしっかり沸かせていた。
この人が出るたび、猫八襲名はいつかなと思う。きっともう、予定が立ってると想像している。
小猫師は毎回違う高座を務めているので、飽きない。
飄々としていた親父さんと違い、息子は固い国から固いのを広めに来たような人。この個性を崩さずに、父と違う芸をこしらえたのだから実に偉い。

どんどん進んで仲入り前は隅田川馬石師。この日の目当てのひとり。
毎日お客さんの数は同じぐらいですと馬石師。昨日のお客さんは、よくウケてました。今日はどうでしょうか、よくわからないですねと言って粗忽のマクラ。
師の得意ジャンルだ。
堀の内で静かな客席を沸かせようというのだろうか。あるいは粗忽の釘か、松曳きか。
「粗忽の使者」もお持ちらしいが、聴いたことがない。

親父の顔を忘れるマクラから、粗忽の釘へ。
なんだかこの日の馬石師、口調が変。舌がよく回っていないというか、あらかじめきちんと決めていないセリフ回しが、アドリブで出てこないという感じ。
そして徹底的にセリフを刈り込み過ぎて、噺を知らない人には伝わらなさそうな。
まあ、毎日やってりゃそんなこともある。
とはいえ、釘を打ち込んで間違った指をしゃぶる八っつぁんには場内大爆笑。
かみさんに言われてお隣の家に出向く八っつぁんだが、このかみさんのセリフを「お向かいへ行っておいで」と言い間違えてしまう。やはりどこか調子が悪い。
「お向かいでなくてお隣」と言い直す。

お向かいで笑われて帰ってきた八っつぁんにおかみさん、「間違えてお向かい行っちゃったのかい。まあ、あたしも間違えてお向かいって言ったからね、悪かったね」。
大爆笑。さすがです。
二ツ目ぐらいだと、自分がミスしたときに焦ってしまってもうガタガタということもある。
間違えたときこそ実力が出る。というか、間違ったままにされた客はツラいのであり、やらかした演者にはそれを救う義務がある。
馬石師にしっかり救ってもらった。

お隣に行ってからは、調子を取り戻す馬石師。
どこの誰なのかも名乗らないまま、かかあのなれそめを語り、ついには可愛かったかかあも顎上げるようになっちゃったんですよと人生相談を始める。
困りながらも話を聞いてやる隣人。ついでに夫婦生活のアドバイスも。
なれそめの回想シーンにおいて、八っつぁんが花火デートをする場面は幸せに満ちており、実に楽しい。

先日、珍しく池袋で観たにゃん子・金魚先生がクイツキ。
この漫才で、この日初めての異変を感じる。
前のほうにいた若い女性。あるいは仲入りで入ってきたのかもしれない。
金魚先生のゴリラ芸に、いち早く手を叩く。
客席が盛り上がれば間違った作法ではないのだが、この日の客はそういうのが好きではない。
なので、誰も後を追いかけない。拍手が浮いて、悪目立ちしてしまう。
これで困ったのが舞台の上のにゃん子先生なのである。いったん金魚先生が客席を困惑させたところにツッコむのが仕事なのに。
仕方なく、客に「拍手いらない!」とツッコむ。
この後もたびたびこのひとりの客から拍手がなされ、他の客は白け気味、舞台の上の芸人はやりづらいという悪循環。

明日は、この拍手(中手)について、一日掛けて考えます。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。