拝鈍亭の瀧川鯉昇(下・へっつい幽霊)/ちょっと鯉枝

 

鯉昇師の、力の入らない長講の後は、のだゆきさん。
落語協会の色物さんだから、寄席では鯉昇師とは一緒にならない。
この拝鈍亭は、高名なミュージシャンが出る舞台。古楽器であるピアノフォルテを持ち込んだりして。
私もミュージシャンのはしくれですと。ここ雑司ヶ谷の、東京音大付属に通っていたそうで。

いつもの寄席でのパフォーマンスだが、鯉昇師に長くやるように言われたのでと、やや長め。
鍵盤ハーモニカによる「笙」の演奏、それからアコーディオン見立ての「おおシャンゼリゼ」は時間調整用なのだろう、初めて聴いた。
あと、大きなコントラバスリコーダーを開けると、そこに小さな小さなクライネソプラニーノリコーダーが隠れている。これも初めて。

家に帰ってアサヒビールのCMを見たら、あれ、のだゆきさん? と一瞬思った。長澤まさみでした。

仲入り後は、再び鯉昇師。
この会は18時30分終演のはずだが、すでに残り20分ぐらいしかない。延びるのだろうと予想。その通りの熱演(ただし力の入らない)でした。
2席目だというのに、やはり爆笑マクラから入るのだった。
先日亡くなった千葉真一は、会場近くでもある、伝通院のそばに住んでいた。そして、前座時代の鯉昇師も。
寄席が終わると安酒場に入り浸っていた鯉昇師。ここは、富坂警察の人もよく来ていた。
もうなくなってしまったが、高級マンションから千葉真一が車で出勤するのを、鯉昇師は酒場から見ていたという。
車が、軽自動車。金持ちなのにどうしてだろうね、内情は苦しいのかなと好き勝手を言っていたら、常連さんに教えてもらった。
あれは、マンションに入る道が狭いからなんだよ。千葉さんは、よその駐車場に大型の車を置いていて、軽でそこまで向かうのだと。
余計なことを吹聴しなくてよかった鯉昇師。

さて、この酒場で耳寄りな話を聞く。伝通院には、徳川将軍夫人が12人ほど眠っている墓所がある。
午前2時ぐらいになると、夜な夜な女の幽霊が出るのだ。
紹介してもらって見にいくと、なるほどもやもやしたものが見える。
調子に乗って、寄席の前座にも声を掛けて、翌日集団で見にいった。入り口には鍵が掛かっているので、乗り越えて。

「お菊の皿」だなと思ったとたん鯉昇師、「お菊の皿みたいな話なんですが」。
しかし、その日はなにも出ない。ただ、ワーワー騒いでいたもので、冨坂警察に通報されて、みな不法侵入で御用。
始末書を書かされて解放された。
逮捕されたわけではないが、御用になったのは事実。
もし再度東京五輪が開かれたとき、開会式の演出を頼まれても、私は断るべきだろうと。

噺家さんの財産を申しわけありません。あまりにも面白かったので、つい全部書いちゃった。まあ、半分は時事ネタだから許してもらえるかなと。
本編はお菊の皿ではなく、幽霊つながりでへっつい幽霊。
この会で出す演目、事前の予想がひとつ当たった。夏が終わってからのほうが向いた噺だと思う。
ちなみに他には「そば処ベートーベン」や「二番煎じ」「味噌蔵」など予想していた。家見舞は予想外。
マクラが爆笑だからといって、本編が尻すぼみなんてことはまったくない。

へっつい幽霊は、鯉昇師にしてはカチっとした噺だと思う。まあ、外側は固いが、中身がぐにゃぐにゃの逆アルデンテみたいな。
へっつい幽霊にも2通りあるが、若旦那が出てくる長いもの。

ストーリーをしっかり語っているのだが、鯉昇師らしさは細部に宿る。
毎夜毎夜売れては戻ってくるへっつい、誰もその詳細を語ろうとはしない。悩まず儲ける呑気な亭主。
だが主人が、上方弁の男に、教えてくれたら売値で引き取りますよと水を向ける。そこでソロバンを弾いた男がようやく、男の幽霊が出るのだと語りだす。
上方の男だからケチなのだという噺の偏見はさておき、落語はよくできている。

出てくる幽霊は怖い奴ではないが、いかにも鯉昇師の落語の登場人物である、情けない男。
博打打ちの熊さんはもちろんこれ以上ない肝の据わった男。鯉昇師の落語の造形にはないのだが、これが実にハマっているから不思議。
鯉昇師の登場人物はみなとぼけているのだが、ローギアで演じると熊さんになる。
幽霊との対比で、勝手にきちんとした姿に見えてくるから落語は面白い。

万雷の拍手の中、鯉昇師再度顔を上げ、どうか「へっつい」がなんですかとは訊きにこないでくださいだって。
長講2席、深い満足を得て帰途につきました。
来年も来たいですね。

ところで、朝日新聞デジタルに弟子・春風亭鯉枝師の記事が出た。会員記事だが、登録すれば無料で読める。

春風亭鯉枝、酒と闘い10年後の起死回生

鯉枝師、アル中が原因で10年休んでいたという。
そして鯉昇師、おかみさんをなくされていたのだな。80回見合いしたけど恋愛結婚だったという。
おかみさんが亡くなったので久々に上京したのが、鯉枝師復活のきっかけだったそうで。
鯉枝師自身は、記事には書いてないが恐らく離婚しているのだろう。二ツ目時代を支えてくれた糟糠の妻と。
人生いろいろ。
だが、「お笑いの裏にはツラいことがある」なんていう理解はしたくない。
見事な高座を魅せていただければ幸い。

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作成者: でっち定吉

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