師匠はいつまで弟子を採るか

朝になったのだが記事ができていない。
昨日書いた「預かり弟子」から思いついて、書いてみます。
高齢の師匠への入門について。

そもそも、なぜ東京の落語界で預かり弟子が生じるか。
真打昇進の前に、師匠が亡くなるからである。

真打になるには、15年程度掛かると見ておく必要がある。
新弟子を採ろうとする師匠は、見習い期間から計算すると16年程度先まで生きている覚悟が必要なのである。
師匠の側から考えると、弟子を採るのは65歳ぐらいまでにしておくほうがいいかもしれない。
入門志願者の側も、師匠がかなりの高齢であった場合、躊躇しないものだろうか。
それとも、年齢ぐらいで入門を躊躇しているようでは熱意が足りない?

桂枝太郎師は、米丸師に入門を志願したが、米丸師が高齢を理由に歌丸師を紹介した。
実に四半世紀前のこと。
だが、米丸師は現在もご存命であり、歌丸師のほうが先に亡くなってしまった。
それでも枝太郎師の真打の披露目には、ちゃんと歌丸師に並んでもらえた。

春風亭柳昇は、弟子は兵隊だと考えており、数はいたほうがいいのだと晩年まで入門志願者を拒まなかったという人。
いざとなったら落語協会と闘う可能性もあると思っていたようである。別に落語協会と芸協とが本気で対立したことなどないのだが、さすが傷痍軍人。
柳昇の存命時に真打になっていた弟子は、6人。
現在の柳昇系統を大きく広げている人たちは、この中にいる。すなわち、昔昔亭桃太郎、瀧川鯉昇、春風亭昇太。
もっとも鯉昇師は、預かり弟子である。鯉昇師の師匠、8代目春風亭小柳枝が廃業したためだ。
師の経歴には書かれないが、柳昇の弟子に正式に直るまでには、世にも珍しいジプシー前座時代が存在したという。
師匠が高齢でなくても、このような目に遭うことがたまにはある。

柳昇が83歳という、大往生の年齢で亡くなった際に、二ツ目以下の弟子が8人もいた。
8人は現在残っている人の人数なので、廃業した人も含めれば他にもいたかもしれない。
初期の弟子は大物揃いなのに、この時期の弟子は伸び悩んでいる。鯉昇門下に直り、弟子も2人いる瀧川鯉朝師は出世しているほうだが。
やたらと志願者を採ってしまう師匠を、桃太郎師は苦々しく思い、苦言も呈していたそうである。
どう考えても、預かり弟子が多数発生し、自分たちが引き取らなければならないことが確定していた。
実際に、小柳枝師を含めた弟子4人に、二ツ目以下の弟子が引き取られていった。他門に引き取られた人までいる。
桃太郎師が引き取ったのは、入門して6年目、5年目に過ぎない春風亭愛橋と、柳亭芝楽のふたり。
現在76歳の桃太郎師、高齢になってから弟子を採っていないかというと、そうでもない。
末弟の昇(のぼる)さんは、2020年に二ツ目になったばかり。

柳昇本人の考えはともかく、預かり弟子を大量に出してしまう例を見ると、弟子は慎重に採ったほうがいいのだろう。
三遊亭円丈師の新作落語に「噺家と万歩計」というものがある。
落語界を扱った内幕ものであるが、「自分が真打になるまで師匠に元気でいて欲しい」二ツ目の心情が描かれている。
おおむね知っている一門内での移動とはいえ、預かり弟子になるのは大変らしい。再度入門するのだから、当然だ。
その円丈師は現在76歳。ふう丈、わん丈を最後の弟子にしている。
ふたりが真打になるまで、あと5年程度。この披露目には並びたいようだ。

柳家さん喬師は11人の弟子を採ったあと、もう弟子は採らないと宣言し、実際に志願者を断っていたそうである。
単なる断りの口実ではなかったようだ。弟子ひとり面倒を見るのはとにかく大変なのだ。
なのに、12人目を採ってしまった。
落語協会の前座香盤の一番下にいる、小きちさん。お見かけしたこともなく、どんな人かわからない。
さん喬師、現在73歳。夏の権太楼師との定例の芝居を休業したりもしているのだが、この先88まで頑張れば、小きちさんの真打披露に出られる。
まあ、なにかあったら頼むみたいな話は、弟子に当然しているのだろうけども。二番弟子の左龍師など、すでに弟子がいるから頼みやすい。

三遊亭円楽師も、もう採らないつもりでいたのに、何度もアタックしてきた楽太さんを採った。
伊集院光がラジオで話したそうで、当ブログにも楽太さんを調べてのアクセスがやたらあった。
楽太さんは真打まであと12~13年ぐらいか。二ツ目になったら、末弟に付ける名前じゃないけど「楽太郎」になりそうな気がする。
圓生襲名を狙う円楽師は現在、71歳。

三遊亭遊子さんも、師匠・遊三が73歳のときに入門している。
遊三師は現在83歳。あと4年ぐらいで遊子さんも真打なので、間に合う。

「師匠の最後の弟子になりたい」と思う志願者もいるのだろうか?
立川談吉さんは談志の最後の弟子である。
古今亭志ん陽師は、志ん朝の最後の弟子。師匠が亡くなった際、まだ前座だった。
真打制度のある東京の落語界、入門を巡ってもいろいろ考えることがあります。

作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. お疲れ様です、うゑ村です。毎度更新ご苦労様です。

    鈴々舎馬風師匠のお弟子さんの鈴々舎美馬さんも馬風師匠の年齢を考えたらゆくゆくは一門弟子の誰かが面倒を見るのだろうかと思うことがありますね。個人的な願望を言えば鈴々舎が少ないので馬るこ師匠のお弟子さんになるのがいいのかなと思ったりもします。一番いいのは馬風師匠が長生きしてくれることではありますが

    1. うゑ村さん、いらっしゃいませ。
      81歳の師匠が前座採ってどうするのでしょうか。
      まあ、いろいろややこしい事情がある様子なのは、Wikipediaからもうかがえますけども。
      「新ニッポンの話芸ポッドキャスト」でこのあたりの事情がつぶやかれているのかもしれませんが、私はすっかり興味を失ってしまいました。

      ところで、ナイスなタイミングでの投稿、どうもありがとうございます。

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