浅草・落語協会真打披露 その4(柳亭市馬「高砂や」)

どんどん進む披露目の浅草、後半急速にレベルが上がっていく。今日取り上げる3席の落語は、実にもってすばらしい。
披露目の司会要員である、五明楼玉の輔師。
落語協会の披露目では引っ張りだこの玉サマだが、私はずいぶんとご無沙汰。
オリンピックの話から、楽屋にスケボーで来てこっぴどく叱られた三遊亭鬼丸師について。鬼丸とは、埼玉県限定芸人ですとのこと。
我々噺家がスケボなんかやってどうする。高座の前に滑るんじゃないよ。
柔道もメダルを多数獲ったが、楽屋でそのまねをするとやはり叱られる。高座を投げるんじゃないよと。

楽しいマクラと特に関係ない、紙入れ。
最近、やたら聴くではないか。
個人的には、露骨な間男噺の紙入れより好きなのが、かみさんに徹底的なスキのある風呂敷の色っぽいバージョン。これをもっと聴きたい。
それはそうと、玉の輔師の紙入れ、実によかった。
紙入れを忘れた間男新吉が、なんだかずっとノーテンキである。
状況的に著しく深刻であることは疑いないのだが、当人の態度からはそれがまったくうかがえない。すっとぼけた世界。
紙入れを忘れたことに気づいて「ワオ」と一言発するのが爆笑。

最近も思ったばかりなのだが、いささか不自然な「気づきましたか」「見ましたか」でウケようとする紙入れは、だいたいつまらない。
玉の輔師はここはまったく狙わずさらっと。
登場人物たちの一段上をストーリーが進行している、そんな一席。
ところで落語協会、来春の披露目は妹弟子(ぴっかり改め蝶花楼桃花)の出番である。やはり玉の輔師は司会をするのだろうか。

この次の翁家社中にはそれはそれは感動したのだが、字数の関係で2日後に。

馬風師匠はいつもの漫談。81歳。
今年は鈴本でコロナに罹患し、重篤化して世間を心配させた。だがその後遺症は感じさせない。しっかり歩いて高座に上がる。頭は染めなくなり真っ白。
馬風師の海老名家いじり、かつては長女の海老名みどりをボロクソに言い、次女の泰葉を持ち上げていたのを思い出す。
久々に聴いたら、長女も次女もあそこはダメだって。そりゃまあ、そうだ。
その弟の正蔵が前座で入ってきて、楽屋でからかっていたら、三平おとっつぁんの耳に入り、叱られた。馬風さん、あなたオルガン弾きなさい、破門ドオルガン。
そして内弟子時代、よしひろ少年(当代小さん)のチンチンを背後から持って便器に向けてやった思い出。

あとは選挙が近いのもあるだろう、談志の選挙ネタ。
披露目だからと手短に切り上げたが、やはり馬風師の漫談芸は素晴らしいなと改めて思う。
先代圓歌と同様、何を話すか知っていてもすべて楽しい。ぐっと引き込んでパッと離すその呼吸の見事さ。
三平漫談も、ここまで行ければ文句ないのだが。

次が仲入り。落語協会会長、柳亭市馬師。
めでたい席だからだと思うが、高砂や。
これはもう、落語協会の隅々まで伝えられていて、二ツ目からもよく聴く鉄板ネタ。
市馬師のものだって、メディアによく出るし、繰り返し聴いている。
よく知っているこれがもう、実に楽しく、面白い。
落語をたびたび聴いていても、その上を行く高座があるものだ。
唯一気になったのが、八っつぁんが隠居を「長生きしてずうずうしい人」と形容する前半が、壺算とほぼツいている。
本当は、このくだり抜くべき。
市馬師に掛かればそのぐらいはなんでもないが、うっかりしたのでしょう。

その高度な高座のすばらしさ、プロだって分析するのは難しかろう。
素人が懸命に迫ってみると、秘訣はこんなところにある。

  • 終始抑制が利いている
  • 八っつぁんは隠居に、どこまで失礼な口を利けるかよくわかっている
  • 隠居はあまりにも失礼なことを言えばたしなめる気でいるのだが、八っつぁんがわかっているので言わない
  • 市馬師自身の遊び(浪曲など)は、最小限、噺の中で最も効果的な場面でのみ使う
  • 八っつぁんも隠居も、婚礼に向け真剣に挑んでいる
  • 八っつぁんは、物語の進行をまったく知らない(だから、高砂やの先を誰も付けられなくて、心底驚いている)

秘訣というには当たり前のことばかりだ。
でも、これがなかなかできないのだ。市馬師の弟子にだって。

もっと市馬師を聴かなきゃと思った。
この日は披露目だから会長として出ているわけだが、それ以外でも。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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