浅草・落語協会真打披露 その7(柳家花いち「寿限無くん」)

ヒザは立花家橘之助師。いつもお綺麗で。
ワクチンの話。
あたし別にワクチン推進派じゃないんだけどさー、やっぱり人さまに接するしご迷惑掛けられないからねー、打ってきたのよー。
三味線をつまびきながら客に説明する。
左手はこう、上げ下げするのねー。だからこっちの手には打ってもらいたくなかったのよー。
先生に相談してね、右腕に打ってもらったのね。どうせあたし50肩で、もともと右手が上がらなかったのね。
そしたらね。ワクチン打ったら50肩治っちゃったのよ。ほんとなの。いったいどこのツボに入ったのかしらね。

それから、あたし昔はね綺麗だったのよと、お客さんにモテモテだった話。
楽しい話と都々逸で、手短な高座。
まだまだお綺麗な橘之助師だが、いよいよお婆さんになってからも私は楽しみです。

長い長い浅草昼席、ようやくトリ。
新真打、柳家花いち師。
すでに新作縛りになってしまっている。

師匠からはオランウータンの赤ちゃん、昇太師匠からは、よくわかりませんがインドネシアの郵便局員って呼ばれてます。本名錦織圭です。
私入門してから花いちって名前つけてもらったんですけど、二ツ目昇進のときに師匠に相談したんですよ。
「いち」を漢字にしたいと思ったんです。「花一」とか「花市」に。
オチが付いていたのだが、忘れてしまった。結局改名しなかったという話。
真打のときもいろいろ考えたんですが、結局そのままで。ここで団体客から笑いが上がる。
私も「くろい足袋の会」のトークで、このあたりはちょっと聴いた。「松柳亭鶴枝」も勧められたとか、今から「花一」にすると春風亭一花さんと被るとか。
その後も、「花いちっ」にするとかいろいろあったというのは見聞きしたが、まあただのギャグだと思う。

柳家花いち、いい名前だと思う。
そして結局、ひらがなが混じっていたほうがいい。新作の大先輩、林家彦いち師と同様。

この披露目では、ずっと前座時代の思い出話をしていますと言っていたが、この日は続きはやらない。
マクラで語っていた通り、名前がテーマの新作に入る。
「寿限無くん」である。これは鈴本か浅草かの配信で聴いた。前座噺「寿限無」の後日談というべき一席。
長い名前を付けられた子供が主人公。
披露目のトリで出すようなネタというより、ごく軽い。
もっとも、新作の大ネタ引っ提げて真打の披露目に挑む新作派なんていやしないが。披露目でなく、通常興業のトリで出せるネタはこれから作っていかないとならない。
花いち師、完全なる新作ももちろんあるが、古典落語に引っ掛けた新作がお好きのようだ。
この点、彦いち、百栄といった新作派の後継者に連なる資格がある。

続き物の1日目で述べたとおり、最前列の真ん中に座っていたくせに帰る客がいた。
権太楼師も、お約束として、帰るならトリで帰るな、その前にと話していたわけで、まさに鬼畜の所業。いずれ地獄に堕ちるであろう。
花いち師は、軽く触れて「ああ、こんな噺してるから帰るんですね」。
自虐にして、しっかり続けるから偉い。

「寿限無」のパロディ落語は昔から非常に数が多い。円丈、白鳥その他。
よく考えたら、古典落語「寿限無」はボケっぱなしでツッコミがない。
新作落語家がツッコミたくなった結果、パロディが生まれる。
さて、名を挙げた師匠たち以外が中途半端にパロディに手を出すと、非常に不自然な落語が誕生するものだ。討ち死にする人多数。
その理由が、花いち師の見事な一席を聴いてわかった。
つまり、パロディ落語の劇中で「寿限無」の名前そのものにツッコむからいけないのである。
古典落語の焼き直しでは、聴く価値がない。
あるいは、キラキラネームを付ける親への風刺にとどまってしまう。

古典落語と同じ、長い「寿限無」の名を付けられた少年は、原点の落語にツッコむのではない。
あくまでも、和尚と、そしてその提案を全部採用してしまった親父に対してツッコんでいるのだ。
そして寿限無くん、ひどい名を付けられていて、そのひどさも自覚しているのに、和尚と親父に対してとても優しい。
この名前で頑張っていく(仕事のときの話題にもなるし)と決意する、ある種衝撃の結末。

寿限無の言い立ては基本NHK標準バージョンだが、「海砂利水魚の」の「の」だけない。

トリなんだから、幕が下りるまで頭を下げればいいのに、立ち上がって袖に引っ込む花いち師。
入れ替えなしの昼トリだと、まれにこうする人もいる。ただツイッター見たら、わざとじゃなくて勘違いしたんだって。
非常に花いち師らしいな。高座に集中していたから、余計なことを忘れるのだ。

16日のトリは、私が花いち師落語を最初に聴き、衝撃を受けた「アニバーサリー」だったそうで。
これも古典落語に引っ掛けた噺だ。
ちなみに後輩の志ん松さんによると、花いち師の披露目は今まで全日雨なんだそうだ。
さて池袋は微妙だが、最後の国立では、他の新真打の披露目にも行かないといけないな。

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作成者: でっち定吉

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