神田連雀亭ワンコイン寄席11(柳家花ごめ「壺算」)

小はぜ / 加賀の千代
喜太郎 / ままごと
花ごめ / 壺算

仕事に疲れたので、炎天下の中ちょっと連雀亭へ。
この土曜日は、黒門亭で柳亭小燕枝師のネタ出し「試し酒」を聴こうかとも思っていた。
だが、黒門亭は2時間だが結構ズシリと来る。ズシリと来ると仕事したくなくなるので、あえて短めの寄席に。
押しつけがましい変な落語会に行ってしまったばかりだが、同じ値段でも連雀亭はやはりいい。

昔昔亭喜太郎さんを一度聴いてみたくて。
笑点特大号、若手大喜利のレギュラーである。笑点を視て、この人の落語を聴いてみたいと思うことなどめったにない。その、めったにない噺家。
「フラ」という噺家さんに対する形容が実にぴったりくる人だ。顔も面白い。
師匠、桃太郎にもっとも似ている弟子だろう。

柳家小はぜ「加賀の千代」

まずは柳家小はぜさん。この人も目当て。すっかりファンになってしまった。
暑いこの時期、ゴザを敷いて寝ると気持ちいいですよというマクラ。だが気を付けないといけないのは、寝相が悪いとゴザの跡が顔に付くことがある。連雀亭の出番があったのに、先日まさにこうなってしまったと。
しかし、いきなり不思議な世界。このゴザのネタ自体、別にそんなに面白いわけではないのだ。だが、それを語るふんわりした空気がもうたまらない。ザ・柳家。
噺からトゲを次々と抜いていって、しかし最後にはとてつもない楽しさが残るというのが柳家の噺家さんの本質だと思う。すばらしい柳家の世界を具現化しているのが、まだキャリアの浅い小はぜさん。
そんな小はぜさんにぴったりの演目、加賀の千代。
そんなにしょっちゅう掛かる噺ではないが、その類のネタを爆笑ものに変えてしまう春風亭一之輔師が手掛けているため、変にメジャーになっている噺。
若手の憧れ、天才一之輔師は実に罪深い人でもあると思う。あの師匠の真似なんかしては絶対にいけない。
その強い影響力から逃れられない、哀れな若手は無数にいる。一之輔師の後ろには、そういう若手が死屍累々と朽ち果てているのだ。
だが、小はぜさんはさすがだ。その死屍累々の轍は踏まない。まったく違う、柳家らしいアプローチでこの噺に迫る。
ご隠居と甚兵衛さんの楽しい関係をしっかり構築しておけば、ギャグを次々ぶっ込んで噺を支える必要などないのである。
一之輔師だって、ちゃんと関係を構築してから楽しいギャグを入れている。しかしながら、若手が勘違いする度合いは強そうだ。
ちなみに、小はぜさん、鼻濁音がすごく綺麗だ。
鼻濁音については、当ブログでもたびたび取り上げている。鼻濁音自体にはなんら恨みはないけど、小三治師が鼻濁音に必要以上にこだわったエピソードがどうしても腑に落ちず、必要以上に強調したくない技術でもある。
だがその小三治師の孫弟子、小はぜさんの鼻濁音、実に自然にこちらに響いてくる。「かが」「あさがお」など、頻出ワードのガ行がとても綺麗だ。
聴き惚れてしまいました。

昔昔亭喜太郎「ままごと」

続いて喜太郎さん。実に怪しい人だ。「怪しい」は、私の語法では例外なく褒め言葉です。
しかし、よく考えたらどんな噺をするのか全く知らない。笑点の若手大喜利で見かける姿が、この人について知っているすべて。
噺家になる前は、代議士の事務所の末端で使い走りをしていたそうで。使い走りの仕事から落語界に転身したが、前座なんてのも立場が下っ端で、あまり変わらない。
秘書も大変な仕事で、さる代議士に毎日座薬を入れる仕事をしていた人がいたそうである。もっとも柳家小満ん師も、先代文楽に毎日浣腸をしていたエピソードがあるが。
喜太郎さんは顔もすっとぼけているので、何の話をしても楽しい人。膝立ちして、今までにない羽織の脱ぎ方を実演する。
あとは歌丸追悼ネタ。新作出身の歌丸師らしく、新作についてはやり続けなきゃだめだと言っていたそうだ。本人が直接、そう言って励まされたというわけでもないようだけど。
喜太郎さんはなんでも、学校寄席に行っても新作掛けるらしい。生徒にはウケたが、先生が渋い顔をしていたと。
そして変な新作へ。
5歳の姪っ子を預かる独身の叔父さんの噺。ままごとで遊ぶことになったが、姪っ子はいきなり、25歳OLをやると宣言する。
先日、連雀亭で別の人の痛い新作を聴いた。「連雀亭二ツ目地獄」と評したが、他のデキのよい二席をぶっ潰し、一週間にわたって私を苦しめた悪夢のような一席。
喜太郎さんのこの日の新作も、結構危ないところを攻めていたかもしれない。その、悪夢の一席と、実は構造的に大きな違いはないのだ。
だが、本人のフラのおかげで、楽しく聴けた。終盤の展開が少々不可解ではあったけど。
不可解に思えたのは、今回のこの「ままごと」という新作が、ストーリーではなくてシチュエーションを徹底して攻めるものだからだろう。そういう新作も世にはあるのだけど、収拾の付け方は難しいのだ。
古典落語にだって、シチュエーションでできているような傑作もたくさんある。「だくだく」なんて、バカな大人が一生懸命遊ぶ噺である。くだらなくていい。
いっぽう、喜太郎さんの新作は相手が子供なので、大人のほうがムキになって遊ぶと、ちょっとそういう楽しい世界観からズレたところに行ってしまうというのは感じる。
まあ、不思議なものを聴いたという感想。まあ、新作派は誰でも道に迷いながら進んでいくのでしょう。

柳家花ごめ「粗忽長屋」

トリは、テケツにいた、可愛らしい女性、花ごめさん。女優さんで似てる人がいるが名前が思い出せない。
二ツ目になって4年だからこの人も決してキャリア長いわけではないが、この日の顔付けでは一番。なのでトリ。
外れのまったくない柳家花緑一門なので期待してしまう。
花ごめさんの上は、おさん、花ん謝、緑君、花いち。そしてこの下の弟子、緑太、花飛と、揃って私はファンになっている。
キラキラネーム揃いだが、落語協会の明日を担う一門。だが花ごめさんは初めて聴く。
登場人物が男三人の噺、壺算へ。
花ごめさん、大変上手い。さすが、基礎を徹底して叩き込む(想像)花緑一門。無理して男言葉を使っているといった変な感じもない。
だが悪いが、面白さがなかなか湧いてこないなあと思いながら聴いていた。こんなに上手いのに、面白さが欠けた感じなのはなぜなんだろうと。
別に、ストーリーをなぞっているだけといった落語ではない。だから謎。
だが、壺算の終盤に向けて、段々と面白くなってきてよかった。
「上手い」と「面白い」というのは噺家さんを評価する指標だが、この評価は本当に難しい。
ちなみに、絶対に「上手い」ほうがいいと思う。面白いだけの人が上手くなるのは非常に難しいが、逆はわりと易しいと思う。花緑一門から共通して感じるところだが、きっとそういう教えがあるのだろう。
そしてその、面白さというのは、本当にちょっとしたことなのだなあ。計算のできない瀬戸物屋が、一瞬勝手に腑に落ちてしまう、そういうちょっとしたポイントを攻めていくと面白くなるのだ。
最後そうした面が出てきてよかった。
技術がしっかりしている女流さん、先行きは明るい。

喜太郎さんがマクラで話していたのだが、5枚余っているという笑点特大号(若手大喜利ほか)の無料観覧券を、帰りに2枚いただきました。
喜太郎さん、どうもありがとうございます。7月30日の収録に、息子と行かせていただきます。
喜太郎さんに、「今度祝儀持ってきます」とすごく無責任なことを言い放って連雀亭を後にする。
祝儀持ってくる気持ちはあるのですが、ワインコインの席に通うような人間なので懐は常にさみしいのです。
でも、今度お礼に、連雀亭になにか持っていきますので。これは約束。

作成者: でっち定吉

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