伊勢佐木木曜寄席1(春風亭昇吾「鈴ヶ森」)

無料落語大好きの丁稚定吉です。
無料の落語会などろくなものではないだろうと思う方もいらっしゃるでしょう。ですが、金取ったって先日の品川区某所のようにひどい落語会もあるわけで。
生きた女でも、人間の籍より化け物の籍のほうがより大きいのがいるのと一緒。はて、このたとえは合っているかな。

木曜日は横浜へ。横浜自体はうちから近いし行きやすくていいのだけど、電車の料金体系が違って、都内への移動よりも高くつく。
よく行く神田連雀亭ワンコイン寄席と比較したとき、落語が無料でも、交通費込みだとあまり変わらない。
サラリーマン辞めてから、このあたりの金銭感覚は本当に厳しくなりました。

ともかく、この伊勢佐木木曜寄席には、前から一度行こうと思っていた。
事実、随分前から毎月番組はチェックしている。実際、二週間前には行きかけたのだ。無料落語愛好家としては避けて通れない。
毎週木曜日に、JRAの会員制場外馬券売場、エクセル伊勢佐木で開催している。時間は午後1時から1時間。
東京かわら版には掲載されていない、こんな無料寄席も世にはあるのだ。

毎月2回は、芸協の二ツ目さんが2人ずつ出る。この日は、春風亭昇吾さんと、三遊亭遊かりさん。
弟弟子、昇羊さんのマクラによく出てくる昇吾さん、一度聴いてみたかった。前日の水曜日には、神田連雀亭に昇羊さんが出ていたが、今回はこちらを選ばず、兄弟子のほうへ。

暑い中を関内へ。関内の地下道など通ったことないが、暑いので信号を待てない。商店のあるマリナード地下街のほうを通れば問題なかったのだが、ただの地下道のほうを通ると、ホームレスがたくさん涼んでいた。
私はかつて、熱心な競馬ファンだった。エクセル伊勢佐木で落語を聴くのもなにかの縁。

会場に着くと、1階の広間にパイプ寄席を並べて会場ができている。音響は、響きすぎるのであまりよくはない。文句言うほどじゃないが。
驚いたことに、30分前に着いたのだがすでに満席に近い。もちろんお年寄りばかり。最終的には立ち見も出ていて大盛況。
前説のおじさんがいる。全然状況わからないがレギュラーみたいだ。イセザキモールの関係者なのか知らないが、喋り好きの方のようである。
私は前説のおじさん聴きにきたわけじゃないので本読んでいた。

メクリには、「伊勢佐木木曜寄席」とあるだけで、演者の名前はなし。演者の名前については、各席に置かれたチラシでまかなっているらしい。

三遊亭遊かり「真田小僧」

まず、三遊亭遊かりさんから。2月に国立演芸場で聴いたときも私の評価は高い。
真近で見るとかなり美人ですね。二ツ目になって間がない割には熟女だけど。
今日も師匠(遊雀)譲りっぽい、マイクに顔を近づける芸が入っていた。メリハリのある話術が使えるのはいいよなあ。
千葉のユーカリが丘出身なんだそうで。芸名の由来を初めて聴いた。
女流の噺家は東西で50人。お客様方、意外といるように思うかもしれませんが、イリオモテヤマネコより少ないんですだって。
マクラがかなり楽しい人。客との距離感が絶妙で、終始押し気味だがしつこくはない。これもまた、師匠譲り。
その師匠に、そろそろお前も結婚したらどうだと言われた。師匠の許可はもらえたのでいつでも結婚はできることになったが、肝心の相手がいないので誰がいいだろう。
いつもどうやって探しているかというと、こうやって(膝立ちして会場を見回す)探しているのです。
紀州のドンファンのネタを持ち出し、私も大幅に年上の人でどうだろうと。
これは昇太師いじりだとばかり思いきや、なんと標的は、落語芸術協会最高顧問、桂米丸師。米丸師匠がおかみさんを亡くされて独身なので、私でどうだろうって、米丸師匠93だぜ。
噺家のおかみさんというのは偉いものなので、米丸師と結婚すると、私もたちまち芸協のNo.2になって下克上。しかも、隣の晩ごはん、米助師を破門する権利まで持てる。

楽しいマクラでもって、年配のお父さんたちを終始ニヤニヤさせる遊かりさん。
ただマクラが楽しすぎた分、本編のほうがちょっと尻すぼみかな。
真のマクラ女王になるためには、義務として必ず本編がマクラを上回らなければならない。そんなルールないって? いや、あると思うよ。
といって決してダメだったわけではないけども、真田小僧はしょっちゅう聴く噺なのでハードル高いのだ。
時間があるので、妙にたっぷり感のある真田小僧でもあった。そんなに丁寧にやる噺か?
時間があるなら、いっそ通しでやると一興だったんじゃないかと思うんだけど・・・あまり出ない後半も楽しい噺なのだが、あるいは前半だけしか教わってない人も中にはいるのでしょうか。
後半まで行かないと「真田小僧」のタイトルの意味がわからない。
ひとつ驚いたのは、結構シモがかった演出。金坊がぬかみその中に小便してやるというクスグリは普通だけど、女性でも入れるんだね。
そして、おっ母があえぎ声を上げたりとか。
自分の師匠は許しても、よその師匠に注意されやしないか勝手に心配した。いや、私個人は、女性が下ネタやっても全然構わないけど。

春風亭昇吾「鈴ヶ森」

続いて、ちらちら背景に見切れていた春風亭昇吾さん。
非常に声のいい人である。なかなかない声質。
与太郎っぽい人なんだろうと思っていた。それについては予想通りだが、天然ではなく、結構作り込んだ与太郎という趣。

故郷、福岡県田川の工業高校を4年で卒業したというマクラ。
遊かりさんほどマクラは長くない。泥棒噺をといって、まず浅草寺、仁王の小噺。
この小噺に手を叩いた人がいる。先日、入船亭小辰さんが同じく仁王で拍手され、「私が考えたんじゃないんですけど」とつぶやいていたのを思い出した。
昇吾さんは、「拍手するならする! しないならしない! 中途半端がよくない。一緒に盛り上がっていきましょう」と客を乗せる。
結果、私がかつて聴いた中で、至上最高の仁王でありました。この、実につまらない小噺でもって、本来のマクラの機能をフルに発揮。
そして鈴ヶ森。昇太一門では、昇々さんと、前座の昇市さんから聴いたことがある。同じ出どころなのか。

ストーリーもクスグリも、ごく普通。
向いてないから堅気に戻れと言われる泥棒が、ひげを書き、提灯を持って叱られ、戸締りして親分と一緒に鈴ヶ森へ。追い剥ぎの口上が覚えられない泥棒。ケツをまくってしゃがめと言われケツの穴にタケノコを挿してしまう。旅人に立ち向かうが、あべこべに脅されるという。
一連のこの流れから、まったくはみ出ていない。昇々さんのようにギャグたっぷり入れたりはしない。
だが、噺家の与太郎的個性が噺に沁み出てきて、終始とても楽しい。語り手の個性が確立していることで、聴き慣れた古典落語はいくらでも楽しくなるものである。
本当に、与太郎っぽい泥棒の、世の中ついでに生きてる感じがとても楽しい。
唯一入っていたギャグが、親分に口上を「口移し」で教わるシーン。一之輔師の影響でか、子分のほうが変に期待するというのが最近多いが、昇吾さんはそういうアプローチではない。
「遊かりみたいのならいいけど、親分の、ガラモンみたいな、文治みたいな顔と口移しはいやだ」。
ガラモンの文治って、先代文治のことだ。歌丸師の前の会長。そしてこの師匠をガラモン呼ばわりするのは当代文治師だけ。
このクスグリ含めて今の桂文治師に教わったのだろうか? そういえば、弟弟子昇羊さんのマクラにもたびたび文治師は登場する。
もっとも、客のほうは全然わからなかったようだ。客にわからなくても、スムーズなクスグリは噺を邪魔しない。
ギャグで頑張らず、しかしながらしっかり笑いをかっさらっていく昇吾さん、とてもカッコいい。
最後丁寧に、座布団を脇に避けてお辞儀をする昇吾さんであった。
一度の高座で、即ファンになりました。

伊勢佐木木曜寄席、はねるとお客さんが自主的にパイプ椅子を畳んでいた。すごいな。
なかなかいい会で、気に入ったのでまた二ツ目さんのときに来ようと思います。芸協の色物さんや、上方の噺家も出ることだし。

作成者: でっち定吉

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