神田連雀亭ワンコイン寄席36(下・金原亭馬久「岸柳島」)

トリは馬久さん。
奥さんの一花さんも20分弱しか使わなかったので、残り時間は30分近くある。

今日、こんなにお集まりいただきましたけども、特に変わったことやるわけじゃないんです、と馬久さん。
ただ、今度11月22日、いい夫婦の日に、和光市民文化センターサンアゼリアに呼んでもらっています。
平日ですがよかったらどうぞ。この会は2,200円なんですが、夫婦・カップルは二人で2,200円なんです。
だから今日の4倍ということですね。今日の4倍気合を入れてやります。
いや、そちらは4席やるんで4倍でも間違いじゃないんですけどね。

私もこの会、東京かわら版で見つけてたまげた。
夫婦でやる会なんて、他には柳亭こみち師が宮田陽・昇と出るものぐらいしか知らない。

ヨネスケちゃんねるに夫婦で呼んでもらいました。今度出ますのでぜひご覧くださいと。
これは9日にもうアップされている。

さてワンコインの締めは、「義理の師匠に教わった噺をします」。あんたもかい。
初めて聞いた「義理の師匠」という言葉を、続けて聞くなんて。今度はもちろん、春風亭一朝師を指しているのである。
義理の師匠に恵まれたふたり。落語の優しい世界観、夫婦でよく似ている気がする。
どちらの一門も極めて穏やかで、よく似た雰囲気を感じる。そんな一門でそれぞれ育ったふたり、なるべくして夫婦になったのだ、きっと。
無意味に厳しい一門は、落語界にとっては害悪でしかないし、弟子がいなくなるから淘汰もされる。結局、優しい一門だけが枝葉を伸ばしていくのだ。

「さあことだ」で始まる川柳を紹介。「さあことだ研屋のおやじ気が狂い」「さあことだ下女下腹に帯を巻き」。
そして、「さあことだ馬の小便渡し舟」と来れば、これは岸柳島(巌流島)である。

ちょっと気になったのは、岸柳島は人情噺の要素もある気持ちいいネタで私も大好きなのだけど、いわゆる大ネタとは違う。せっかくたっぷり残してもらったのに、時間が余っちゃうんじゃないの?
これが気になって、タイムキーパーやってしまった。下手すると10分ぐらい早く終わっちゃうんじゃないのと心配したのだが、後半がわりと厚めだったので、3分ぐらい早かった程度。
高座に集中できなかったわけではないし、3分早いぐらいでは、この楽しい席に不満はありません。

馬久さんは超のつく本格派。本格派でかつ珍品好きというのは、得難い個性。
岸柳島の中に、船頭が雁首落とした侍に「ご愁傷さま」と声を掛けるシーンがある。
ご愁傷といえば、選挙特番の太田光が話題になったばかり。
これをギャグにする誘惑に駆られない二ツ目がいるだろうか。ここにいた。
客のほうが勝手に、なんか言うかなと想像したりなんかして。でもそんな、つまらないネタを入れて噺を壊したりしない。

非常によく、画が浮かぶ一席。
噺家の、画を浮かばせる技術というもの、だんだんとわかってきた。
客の想像力は重要だが、その想像力を喚起するスイッチ発動の上手い演者がいる。
なんらかのごくわかりやすい仕草を入れた後で、わかりやすい言葉を使って情景を説明すると、客の脳裏に映像が再生されるのである。もちろん、客それぞれの人生経験に基づく違った映像でまったく構わない。
岸柳島で描かれるのは、川辺と船の中だけであり、わかりにくいアングルはどこにもない。そんな噺でも、画が浮かんだだけで感動するのである。
若侍の格好であるとか。

憎々しい若侍であるが、実はそんなに嫌な奴として描かれてはない。
そりゃまあ、町人どもに対して「息をするな」と言い放つ男、いい奴なわけはない。
だがこの噺に必要なのは、「嫌な奴である」という記号性だけである。そこを確立してしまえばいい。
ことさらに嫌な奴に描きすぎると、客がいい気味だと思う以前の問題だ。
馬久さん、ベテラン師匠みたいな描き方。
老いたお旗本はとてもカッコいいが、それもまた、記号的。多くを語らないで描く。

川岸に放置された若侍が泳いで船に迫る。その前に町人たちが悪口雑言を浴びせていたがゆえに、緊迫のシーン。
馬久さんみたいに上手い人なら、何度聴いても緊迫感を味わえる。

夫婦揃って噺が聴け、とても楽しい1時間だった。
今回はたまたまだし、和光でやるいい夫婦の日の会みたいなのも、今後そんなにはやらないと思う。
今後は奥さんだけじゃなく、旦那の本格芸ももっと聴こう。
先週は連雀亭夜席で、遊京、馬久という同期の会をやっていた。こんなのも行きたい。

さて、談志の続き物に戻るのかというと、このワンコインの後国立の披露目にハシゴしたので、2日間そちらに触れた後で。

(上)に戻る

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。