鈴本演芸場7 その3(柳家やなぎ「牛ほめ」)

鈴本の冒頭に戻ります。
今日の鈴本は、「落語の基礎」に充ちていたように思う。
基礎とは、初心者の要素ということではない。何度でも帰ってくるべきもの。
私の愛する池袋演芸場(落語協会の席)には、ちょっと基礎が足りないかもしれない。いっぽう、新宿末広亭にはふんだんに詰まっている。
鈴本はどちらにでも転ぶ気がするのだが、今日は末広亭に近い感じ。
ちなみに今日のお客は、落語についてはよく知っている感じの人たち。スレてはいないが、楽屋ネタもまあまあ知っているという。

混雑はしていたが、札止めにはならなかった。
いつものように私は東京かわら版で200円引き。現金投入機に3,000円入れてお釣りをもらう。
私は現金ほぼ持ち歩かないので、落語のためにファミマでおろす。
そして現金投入機の処理はちっとも速くない。QRコード決済のほうが絶対いいと思う。

寿限無 左ん坊
牛ほめ やなぎ
翁家社中
締め込み 喬之助
転失気 馬遊
ロケット団
アジアそば 白鳥
碁どろ 小里ん
アサダ二世
長短 さん喬
(仲入り)
小菊
浮世床(太閤記) さん花
道灌 扇辰
二楽
文七元結 喬太郎

「寿限無」と「道灌」、「締め込み」と「碁どろ」とが、それぞれツいてる気がしてならない。
まあ、寿限無で隠居のところに上がるタイプは少数派。ネタ帳見てる扇辰師としては仕方ないところ。
もっとも、寺に行く通常のパターンだったら、今度は転失気とツく気がする。
そして締め込みと碁どろって、どちらも泥棒ものじゃないか。いいのか。
それから碁どろと長短も、煙草のみの噺で、結構ツいてる。
別に文句じゃない。ちょっと気になったという程度です。

ちょっと期待している前座の柳亭左ん坊さんは寿限無。
最近実によく聴く噺。そして、流行ると面白くなってくる。
左ん坊さんは、まったく力をこめず語るのが実にいい。八っつぁんと隠居のくだりがとてもいい。

ちなみに、言い立てはこう。
寿限無寿限無五劫のすりきれず、海砂利水魚の水行末雲行末風来末、食う寝るところに住むところ、ヤブラコウジのヤブコウジ、パイポパイポパイポのシューリンガン、グーリンダイポンポコナーのポンポコピーの長久命の長助

今回のポイントは「すりきれ」でなく「すりきれず」。
あと、シューリンガンとグーリンダイがそれぞれひとつ。ポンポコナーが先。
演者により毎回微妙に違う言い立てを、どこがどうだったか覚えて帰ってくるってすごくないですか。
感心する方だけしてくださったらそれで結構です。
子供の名を相談に訪ねていくのは、横丁のデコボコ隠居。
「あたしが命名親か」「いえ、山羊の子じゃねえんすよ」なんて気負わないやり取りが入っている。
さらっとクスグリ入れてくるのがいい。

そして名前が長い騒動は、コブのくだりだけに絞り込む。
父ちゃんも母ちゃんも名前をフルスピードで言っているのに、途中で割り込む婆さんだけゆっくり。そして最後は「なんまいだ」。
これ、オリジナルは円丈師の「新・寿限無」じゃないだろうか。
手短な一席で、終わった時間がまだ開演前だった。12時23分ぐらい。
でも普通に番組は続く。

番組トップバッターの柳家やなぎさんは久々。
さん喬一門には珍しく、神田連雀亭には出ていない。
調べたら私は2年振り。そういえば転失気で、「ラグビー強いわね」なんて入れてたっけ。
軽い自己紹介マクラから、いきなりひとり語りに入るやなぎさん。
新作もやる人だし、こういう落語なんだろうかと。彦いち師などに触発されたドキュメンタリー落語かもしれない。
ハンバーガー屋で出会った、ネジの緩んだ店員の話。だが、これもマクラだった。
店員の爆笑エピソードを語り、私は彼を与太郎と呼びたい。そう言って「おい与太郎」と本編に入る。
落語の構造を自由自在に伸び縮みさせる、見事なウデ。

本編は牛ほめ。
家の褒めかたは、「うちは総体檜造りでございます」だけ。
その後、牛の褒め方が入っている。「天角地眼一黒鹿頭耳小歯違」とおなじみのフレーズを語ってからおとっつぁん、われに返る。ああ、すまないすまないそうじゃないと。
おじさん、オーストラリアからホルスタイン買ったんだよと言って、ホルスタインの褒めかたを教えてくれる。

そういえばやなぎさん、実家が酪農家だったっけ。
それはそうと、いきなりホルスタインを古典落語に放り込んで、変な感じにならないのはすごい。
かといって、おふざけが振り切っているわけでもない。とにかく世界を緩く構築しているので、なんでもできるのである。
途中で「師匠にはもうあきらめられてる」なんて自虐ツッコミが入る。

その割には、ちゃんと秋葉さまのお札も入るし、「屁の用心」のサゲも同じ。
一席終えてなぜか逃げるように去っていくやなぎさん。

たまに古典落語をいじり、ほどを誤り、ただ空気をヘンな感じにして去っていく二ツ目がいる。
やなぎさんはそんなのとまるで違う。まあ、この人も多少やらかしてきてると思うのだが。
細部までしっかり楽しい一席でした。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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