神田連雀亭ワンコイン寄席37(下・桂竹千代「サオリ9号」)

瀧川鯉白さんのふざけた新作「武智、腋臭やめるってよ」、実に面白かったのだが同時に、新作専門の噺家の作る落語となにかが違うなとも同時に思った次第。
私の頭にいいほうの例として浮かんだのは、兄弟子瀧川鯉八であり、そして古今亭駒治である。
やはり、M-1でも触れたのが、ネタ作りにおいて非常に大事な「飛躍」の処理の仕方について。
ワキガをとことんいじる設定、飛躍はすごい。だが、客と飛躍の到達地点とをつないでくれないのだ。
噺の語り手が本物のクレイジーなのはいいとして、登場人物全員がクレイジーな設定のため、客が飛躍に届かない。
まともなツッコミがいない落語にも、ちゃんとメリットはある。それでもクレイジーだらけの人物たちのわずかながらに、客と近い目線が必要なのだと思った。
名を挙げたふたりの場合も、登場人物全員がクレイジーの中で濃淡があって、客とのつなぎに入る人物がいる。

続いて桂竹千代さんも、鯉白さんの後だとクレイジーになってしまうらしい。そんなイメージは持ってなかったけど。
古典落語が上手く、珍品も持っていて、さらに古代史落語が売り物という才人。

鯉白さんの話から。
鯉白さんはぼくのこと大好きだって言ってましたけど、ぼくは大嫌いです。あいつは本当に悪い奴なんです。
あいつは必ず、ぼくの前だとあの噺をやるんですよ。
登場人物もね、コウイチ(主人公)というのは、笑福亭希光さんの本名ですよ。あと、鯉津さんとかね。
なのに、「タケチ」ってなんだよ。名字かよ。

おかげさまで芸術祭を獲りまして。一之輔師匠以来の二ツ目受賞です。
ニノスケ、サンノスケとして頑張ります。三之助師匠はいますけどね。世之介師匠も。

持ち時間の半分は実体験からのマクラ。
北海道から高知まで、全国を周るツアーに参加した竹千代さん。慣れないことをしたので、毎日頭が混乱しっぱなし。
和倉温泉で宿泊したときにハプニングがあった。
温泉大好きで、温泉ソムリエの資格も持つ竹千代さん、露天風呂から部屋に戻ったら、自室402号のカギが開かない。
カギをよく見たら、なんと404号。
あろうことか他人のパンツを履き、浴衣を着てしまったのだ。しかもサイズも違うし、似ても似つかぬパンツ。
前日の脱衣カゴと同じ場所を無意識に取ってしまったのだ。
ダッシュで浴場に戻るが、時すでに遅し。裸できょろきょろしている人がいる。

ドキュメンタリー落語として非常に面白かったのだが、あれ?と思ったことが。
こんなに圧の強い語り口の人だったっけ。
いや、以前の記事にも圧強めと書いてはいるから、急にそうなったわけでないのは確かだが、それにしても。
圧の強さもひとつの芸風だから構わないが、これだけ強いと、客にハマらなかったときだけやや心配。
林家三平師が降板後もずっと叩かれ続けているのは、ムダに強い圧を客が受け流せなかった過去がフラッシュバックしているからだと思うのだ。
まあ、竹千代さんの場合クレイジー鯉白が感染したのと、あとは新作落語にふさわしい語り口を見つけるためなんだと思う。

ともかく、あり得ない失敗をする自分を笑う姿勢がすばらしい。
噺家たるもの、こうでないと。

もうマクラ漫談だけで十分ぐらいな感じだが、短い時間でできる新作落語へ。
売り物の古代史落語以外に、新作を持っているとは、まったく知らなかった。
カデンツァメンバーの笑福亭希光さんも古典落語(上方)専門だと思っていたら、先日楽しい新作を聴けた。
さすがユニット。成金と同様、いろいろな力が湧いてくるものだ。
それと、芸協は昔から新作を掛ける敷居が低いこともあると思う。落語協会だと「俺は古典派だ」というプライドと合わせ、新作なんて恐れ多いというマインドも同時に働く気がする。

長年付き合った彼女にプロポーズするが、なぜか断られる男。
彼女のことは諦めたが、せっかくの指輪をどうしよう。名前を彫ってしまっているから、引き取っても5,000円にしかならない。
そうだ、振られた彼女と同じ名前、サオリという女にプロポーズしよう。

タイトル「サオリ9号」の9号は、指輪のサイズ。

やはり頭のおかしい落語。
鯉白さんに相当引きずられているようである。
鯉白落語と同様、飛躍がすごい。最初から、常人の発想の及ばないレベルまで攻め上げる。
ただ、その割にサゲが普通だったなと。
サゲが単純な落語なんていうのは、新作ではむしろ普通。三遊亭白鳥師の落語を聴けばよくわかる。
白鳥師は、客をふんわり着地させるためにあえてベタなサゲを付けている。
なのに、私はなぜ竹千代さんの新作に、サゲが普通だなという感想を持ったのか。
どうやら、サゲに期待が集まる構成の落語になってしまっていたからだ。
落語というのは本当に難しいものだと思う。

高い注文はあるものの、年末を締めくくる3席、いい内容でした。

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作成者: でっち定吉

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