神田連雀亭ワンコイン寄席38(中・春風亭橋蔵「初天神」)

Zabu-1グランプリをフィニッシュさせようと思っていたのですが、今日も流れで連雀亭の続き。
いろいろと書く側の都合もあるのです。オリンピックもやってるし。
ビデオ取ってる番組は遅れてもいいでしょう。

ワンコイン寄席、二番手は春風亭橋蔵さん。
顔は怖いし愛想も別段よくない。楽しそうな雰囲気は皆無。
客のとっつきは悪そうだが、結構私、ずっと期待している人なのです。
よく考えたら、Zabu-1グランプリ優勝の春風亭一蔵さんとは一字違い。個性は180度違うけど。
「蔵」が付くのは真打名で、いい名前なのである。

ここは後ろが開けっ放しですから楽屋が寒いですと。
本編に入ろうといったんメガネを外してから、「あ、告知があるんです」とメガネを掛けなおす。
別に掛けなおさなくていいと思うけど、この人なりの作法らしい。萬橘方式。
上野広小路亭、ご存じですか? 「鈴本じゃないほうです」と橋蔵さん。
3月22日に、トークがメインの落語会があるんです。今回のテーマが「サウナ芸人」ということで、サウナ好きの私が呼んでもらえました。
前回は3年前に、「武道芸人」で呼んでもらいました。剣道やってたので。
後で調べたら、サウナ芸人の会(シンプー寄席)のメンバーは「三遊亭らっ好」「玉川太福」「春風亭弁橋」という私の好きな人ばかりだ。
夜席だし行かないとは思うが、頭の隅には入れておこう。
ちなみにコロナ禍以降のサウナは、水風呂に入る際掛け湯(湯じゃないなと思ったが)が必須らしい。

橋蔵さん、マクラはだいたいつまらないのだが、数年前の私の予感は正しい。思った通り、徐々に面白くなってきたではないか。
慌てない人は、落語の世界に漬かるにつれ、どんどん面白くなるのだ。
改めてメガネを外しなおして本編へ。
「小児は白き糸のごとし」と振る。
ああ、また真田小僧かと思う。前回聴いたたっぷりめの真田小僧はとても面白かったのだけど、中身が濃い分、二度聴くのはつらいなと。
だが、初天神だった。
芸協は時そばと初天神を一年中やっているイメージだが、初天神の終わったばかりのこの時季なら合っている。

本編も、今まで見たことないようなオーバーアクションが入ってきた。
二ツ目さんはどんどん芸風が変わっていくのが面白い。橋蔵さんの場合、即物的な面白さを狙うことは今後もないとは思うけど。

初天神も、真田小僧と同様、たっぷりめ。
なかなかこの親子、家を出ないんだこれが。家を出てから始まる初天神もある中で。
お母ちゃんに連れてっておやりよと繰り返し言われ、ようやく連れていく親父。
お母ちゃんが金坊を連れていってやってと頼むにあたっては、よこしまな感情はない。かわいい息子に楽しい体験をさせてやって欲しいみたい。
川ん中おっぽりこむからな、カッパに食われちまえのやり取りも、家の中で済ませている。
前半が厚めなので、飴玉をお腹ん中落っことしちゃったでサゲ。団子まで行かない。
ただし時節柄か、親父が飴玉嘗め回すシーンはない。たぶん、今後減っていくはず。

たっぷり描くのは「よーいよーいよい」と、露店を目を輝かせて眺める金坊。
ごく普通には、金坊が露店を眺めている様子は、親父に叱られるフリのために存在する。噺の都合に過ぎないのだ。
だが、橋蔵さんの描く金坊、子供らしい感性に溢れている。噺を飛び出て自立している子供である。これは新鮮。
親父ににらまれるが、「一度もあれが食べたいなんて言ってねえもん」と憎まれ口を叩く金坊に、だんだん感情移入してきてしまう。
ああ、この子は本当に、露店でなにか買いたいんだな。親父と一緒に露店で楽しい思い出を作りたいんだな。
そう思ったら、ちょっと目が潤んでしまった。「買ってやったっていいじゃないか」と思ってしまった。
こんな初天神、初めてだ。橋蔵さん、どうやらここを厚めに描きたかったのだろう。
楽しい噺の妙な部分から、人情が噴き出してきて、なんだかたまらなかった。本当です。
二ツ目の皆さんも、おなじみの古典落語に、発見されていないツボがあるはず。ぜひ見つけていただきたい。

先の希光さんほど拍手は大きくなかった。それはわかる。
だが、この人の噺にグッと来た客がひとり、ここにいるのです。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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