夢の酒

先日息子を池袋デビューさせた際の話を引っ張ります。
決してネタ切れではなく、それだけこの日の池袋が充実していたのです。
柳亭左龍師匠が、「夢の酒」を出していた。
噺としては珍しいほうの部類だろう。夢ネタには「天狗裁き」があって、こちらのほうがずっとよく掛かる。
冒頭部分は、「おかみさんが旦那を起こす」というもので、「天狗裁き」も「夢の酒」も共通しているが、庶民と商家なので雰囲気は著しく違う。

店の奥で寝ている若旦那を、風邪をひいてはいけないと、おかみさんのお花が起こす。
いきなり起こされた亭主は夢うつつ。「おや、お花じゃないか」。
楽しい夢でも見ていたのかとお花が訊いてみると、渋っていたが「怒るんじゃないよ」と念押しして話し出す若旦那。
向島に用足しに出向いて、にわかの雨に軒先を借りて雨宿り。女中が若旦那を見つけて、あら若旦那じゃありませんか。
恐らくどこかのお妾さんのお宅で、若旦那の噂を始終しているらしい。ご新造さんにお上がりくださいと勧められ、呑めない酒を数杯空けて、頭痛を起こして床につかせてもらう若旦那。
そこへ、御新造が一緒に床に入ってきて・・・というところでお花に起こされたのだと。
くやしーい、と怒るお花。大旦那がやってきて仲裁をするが、夢の話と訊いて呆れ気味。
お花は大旦那に、若旦那の見た夢の続きに行って、ご新造さんにきつく言い渡して欲しいという。淡島さまに願えば行けるはずだと。
昼寝の習慣のない大旦那だが、お花にせがまれるまま夢の世界の向島へ。
大旦那は若旦那と違って酒呑み。ご新造さんに酒を進められるが、あいにく女中が火を落としてしまっている。
つなぎに冷やで、と勧められるが、若いころ冷や酒で失敗した大旦那、じっと燗がつくのを待つ。
待っているとお花に起こされてしまう。
「惜しいことをした。冷やでもよかった」

よく考えたら、客席に子供がいるのを知っていて掛ける噺でもないな。別に気にはしませんが。
あと、粗筋を書いてみるとよく分かるが、実に内容盛りだくさんだ。
色っぽいところがあり、最後は酒呑みの欲望で終わる。人の夢の中に入っていくという、マンガっぽい部分をうまく処理すると実に楽しい噺。
大旦那も、嫁がかわいいのだろう。なんで昼間っからアタシが息子の夢に入らなけりゃならないのだ、という独白を隠しつつ(大家の大旦那だから言葉には出さないのだ)、言いなりになってしまうのが楽しい。
お花は悋気やみかもしれないが、最後までじっと若旦那の話に耳を傾けるだけの分別も持っている。決してヒステリックな嫁ではない。
また、大旦那に若旦那の「不行跡」をいいつのるお花は、物事をリアルに語る能力に長けている。元の夢にもリアリティがあるが、それを語るお花にもリアリティがあるので、大旦那も現実のこととしてこれを聴いてしまう。
「なんだ夢の話か」という大旦那の呆れ、それからお花の怒る理由も理解できるので、同情がないまぜになる。
サゲを別にしても、ウケどころも多い噺。大旦那が、夢に入っていくシーンは実におかしい。

非常に好きな噺なのだけど、こういう「よくできた噺」は演者にとって難しいと思う。工夫の余地に乏しいのではないかな。
左龍師は、「むきー」というような動物めいたリアクションを入れていた。これだって、お花のかわいらしさや分別を損なったら価値がないから簡単ではない。
普通にやっていればウケるのかもしれないが、普通にやろうとしても、ご新造さんの色気、お花のかわいらしさ、大旦那の鷹揚さをすべてクリアしなければならないのだから大変な噺だ。
だからあまり掛からないのでしょうか。

(2019/12/2追記)

当時はあまり掛からないと思っていたものの、最近では「天狗裁き」をしのぐ頻度で掛けられているようだ。
楽しい噺なので、悪い気はしない。

作成者: でっち定吉

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