神田連雀亭昼席3 その3(「人形買い」柳家小はぜに小三治襲名を期待する)

今度は落語協会のふたり。
柳家小はぜさんは、巡り合わせで2020年は一度も聴いていない。
それでもここ連雀亭で6度聴いている。落語協会の人なのに、ここでしか聴いていない。
小三治の芝居に行かなかったのが理由だろうか。

小はぜさんからは、前座噺をやたら聴いているのだが、みな絶品。
前座噺でなくても、「加賀の千代」とか「高砂や」とか、軽い。
だが、初めて大ネタに出くわした。人形買いが大ネタ? そうでもない気もするけど、大ネタぽかった。
前半で終わるように思っていたら、後半もあった。これならトリネタになるが、ただし本当のサゲまではやらない。

連雀亭の昼席にはあまり来ていなくて、3番目に登場する人の役割がよくわからない。
以前、小んぶ(現・さん花)さんが、トリの小もんさんに時間を残し軽い「たいこ腹」で降りていたのを見た。
別に、それが作法ということでもないようだ。
先に出たかしめさんを見て、正攻法の大ネタやりたくなったんじゃないかなんて、これは趣味の悪い想像。

小はぜさんは、無筆のマクラ。
「羽織を七に置いてある」という書置き。アニイは「質」と読んで怒るが、書いたほうは「七夕のたなだ」。
このマクラはなんと、節句の振りだった。
ちょっと無理やりじゃないでしょうか? でも無筆の噺よりなぜか無筆のマクラのほうが多いから、どこかで使わないと余るよな。
お雛様と端午の節句を軽く説明。9月11月は行事やっているのか知りませんがと振って人形買いへ。
人形買いは季節の噺。単語の節句の前のこの時季しか掛けられない。
個人的には、他の時季に出してもいいと思う楽しい噺。季節感は五月人形にあるだけなので。
でも、季節を限る価値というものもある。
柳家小せん師から三度聴いたが、珍しめ。あとは前半だけを、春風亭一之輔師から聴いた。
それ以外はTVだが、入船亭扇遊、古今亭菊丸の各師から。

ちなみに人形買いは、「万金丹」「反魂丹」「金明竹」と同じアクセントで読むみたい。なにかの配信で喬太郎師からこう聞いて驚いたことがある。

かしめさんが湧かせた後は、やりにくい。
だが落ち着いた語りで、じっくりゆっくり、客を古典落語の世界に引き込む小はぜさん。
噺のスタート時点には、笑いはほぼない。
ボーッとした月番の甚兵衛さんが、次月の月番、こすっからい松つぁんに買い物を頼みに行く。
その際に「人間がこすっからい」と口に出してしまう、この古典落語において擦り切れた部分にしか笑いはない。
「人形から1円捻り出す」なんてところに無理に挑んでもダメ。

そんな噺なのに、冒頭からやたら楽しいのだ。でも、我慢できない演者には語れないだろうな。
壺算に似ている買い物天狗の噺だが、壺算ほどは上手くいかない。
「どこかの馬鹿が買うかもしれない」在庫処分の人形をまんまと買わされてしまうふたり。
それに、集めた5円から1円ひねり出したのに、易者と講釈師に巻き上げられてしまう。

人形屋のくだりだって、鼻を垂らした定吉を「あっちのほうがよくできてる」とからかう場面しか笑いはない。
よく考えたら壺算だって最初はそうなのだが、でもあちらは爆笑が待っている。
人形買いではいくら待っても爆笑は来ない。なのにずっと楽しい。

おしゃべり小僧の語る、若旦那と女中の色っぽいエピソードは、前半で終えてしまう際のハイライト。
この部分、小はぜさんはまだそれほど色っぽくはない。小三治一門だからな。
全体が楽しいので、さしたる欠点でもないけども。でも、さらに年数を経るとこの部分が見ものとなるだろう。扇遊師のように。
小僧の定吉は小生意気で、よくひねている。上方系の定吉だ。
上方にも人形買いは残っているようだが、聴いたことはない。

お前さんのかみさんは怖いからねと振って、甚兵衛さんの回想シーンが入る。
かみさんに命じられた買い物で、別のものを買って帰ったので、折檻される甚兵衛さん。
怖いかみさんに引きずられて井戸水を浴びせられ、冷てえ冷てえと騒ぐ甚兵衛さん。するとかみさんが今度は頭の上にお灸を据え、熱い熱い。
この無限ループ。
最後の講釈みたいに勢いがよく、ひどいシーンだがやたら楽しい。こんな部分をハイライトにした人形買いは初めて聴く。
小はぜさん、ここが一番やりたくて人形買いに挑んでるんじゃないかと。

易者の後で訪ねる講釈師が、太閤秀吉について一席語り、「ここからが面白いところだが、このへんで」。これがサゲ。
これでサゲようとするなら、なんとなくだが、マクラで講釈ネタ振っておくのが常道の気がするが。時間を見て急遽サゲたのかもしれない。
ちなみに講釈も上手かった。

もともと小はぜさんはベテランっぽいのだが、その魅力爆発の一席でありました。真のベテランではないので、若々しい部分もある。
長屋の人情や、易者、講釈師という正業とみなされない人の暮らしも遠景でさりげなく描かれるところがいい。

さて4~5年後小はぜさんも真打のはずだけど、名前は当然変わるだろう。
空いている小三治を襲名したらダメですか?
扇橋だって孫弟子が継ぐことになったし、いいんじゃない?
扇橋も柳枝も小燕枝もそうだが、東京の場合、真打昇進時に襲名してしまうのがいちばんいい。
昇進時期を過ぎてから襲名するとなると、上手い人でも格段にハードルが上がる。
直の弟子で、小三治を継げる資格があるのは三三師だけだろうが、でも談洲楼燕枝のうわさもあり。

故・小三治の批判ばかりしてきた私が、孫弟子の襲名を歓迎するのはおかしい?
でもいい噺家には大きな名前を継いでもらいたいとも思うのです。
NHKの小三治密着で、二ツ目なのに大師匠について前座替わりに働いていたのが小はぜさん。
そのシーンからは、よそから前座を借りてこない一門の孤立感を感じたのだが、それはそうと、もともと入門したかった大師匠に可愛がられたのなら、名前をもらったっていい。

小三治は、将来間違いなく小さんになる花緑師が名乗る可能性もあると思う。だが、小三治が小さんになる名前だというルールは、人間国宝になったことで消滅したとも考えられる。
別の系統に分かれていったっていいじゃないか。

この話はまたいずれ。

続きます。

 
 

三井の大黒/人形買い

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。