オープニングトーク(昇々・昇羊・昇市)
昇々 / 鈴ヶ森
昇市 / 宮戸川
(仲入り)
昇羊 / そば清
先日、神田連雀亭に久々に春風亭昇羊さんを聴きに行ったら、この会のチラシをもらった。
そのときの昇羊さんにも感動したのだが、チラシで知ったほうの落語会を先に出します。
春風亭昇太一門の、昇々、昇羊、昇市の三人会。
昇々さんも神田連雀亭を卒業してしまい(真打になって離れたわけじゃないから、単なる離脱か)、久しく聴いていないので、これに出かけることにします。
前日に予約して、300円割引の1,500円。
この会にぜひ行きたいと思う一方、他にも行きたいところがあり、激しく迷っていた。
黒門亭の2部は、主任が古今亭菊之丞師でネタ出しの「明烏」。そして仲入り前は柳家小ゑん師。
当然札止め必至で、並ばなきゃ入れないのはいいとして、黒門亭は1,000円。
1,500円のいけびず落語会自体は比較的安価ではあるが、さらに安く、落語協会のスターが出る席があると迷う。
迷いに迷った末に、前日に二ツ目の会のほうを電話予約。
私の中に、芸協にも行かなきゃという気持ちがある。これは義務感ではなくて、落語界への視点の角度を維持しておきたいという感覚。
黒門亭の小ゑん師匠は「鉄千早」を出したそうで。これも聴きたかったけど。
いけびず落語会の会場は、池袋西口の南の外れ、としま産業振興プラザ。ホールではなく、パイプ椅子(座り心地よし)を並べた会議室に高座を設えている。
150人くらいの定員か。まあまあ埋まっていて盛況。
イケメン落語家目当ての女性が多そうだと思ったら案の定、男性より多い。ただ予想と違って若くはなかった。
年配女性が多いが、落語に慣れている気配があって大変いいお客さんたち。さすが池袋は、寄席の外も違う。
オープニングトーク
三人、高座の前に立ってのオープニングトークから。
一門で落語会をやることはあんまりないと昇々さん。だから顔を合わせると妙に照れたりする。
お客さんは、弟子なら師匠昇太としょっちゅう会ってると思うかもしれないが、そうでもない。なにしろ師匠は多忙。
弟子それぞれ、いつ会ったか思い出せないくらい。ただ、芸協らくごまつりで、ファンに取り囲まれる師匠を遠目に見かけたと昇市さん。
だが、トークの持っていきようは、弟子の全員、いかに師匠が好きかということ。
昇々さんは、生え抜きとしては一番弟子なので、下の弟子が味わっていない、師匠と一対一の触れ合いを結構経験している。
なにしろ、楽屋入りのときは師匠が、寄席に出番がないのにわざわざ付いてきてくれたぐらい。
独身の師匠宅の掃除まで、かつてしていた。
寿司屋に二人で行ったこともある。それを聴いて羨ましがる、六番弟子(昇羊)と七番弟子(昇市)。
寿司屋では、隣の席のオヤジが師匠を見つけて、「あんたもこんなところ来てないで落語しなくちゃだめだよ」と茶々を入れる。俺の師匠を貶めやがってと、このオヤジに激高する昇々さん。
師匠はまあまあと、その後すぐに寿司屋を出たのだが、帰り道に優しく、「お前、あんなときはふんふんって言ってればいいんだ」。
弟弟子たちにも初めて披露するこのエピソードを聴き、師匠、結構嬉しそうな言い方ですねと昇羊さん。
昇々さん、オレは師匠に破門にされたら噺家辞めるよ、よその一門には行かないよと宣言。シャレでなくて、本当にそう思っているらしい。
大笑いしながら、師弟間のストレートな愛情表現に鼻の奥がツンとしてくる。
有名な師匠をネタにする噺家は多い。だが、私のことは誰も知らないでしょうけど、一応有名な師匠の弟子なんですよといった、さもしい根性が漂う人もいる。
だがこの三人は、師匠愛が常に溢れ出て、とめどなく湧いて出てくるのだ。昇々さんなんて売れっ子なのに。
忙しい師匠だが、弟子がどこで何の仕事をしているのかはすべて把握しているそうである。
オープニングトークの最後に、客に今日はどうして来たのかとアンケートを取る昇々さん。
「昇太一門だから来た」という質問に手を挙げる人はほとんどおらず、「一門に関係なく来た」という人が多かった。
あれ、師匠の話ばっかりでよかった? と昇々さん。
私は昇々・昇羊目当てです。昇太師も、寄席のトリで聴きたいなあ。
春風亭昇々「鈴ヶ森」
トップバッターは昇々さん。
この落語会は、基本的に昇羊さんメインの会らしい。だから先輩が先に出るようだ。
昇々さんは、3月に、渋谷の無料落語会で聴いて以来。
マクラが実に面白い人。
師匠の滑舌が悪い話。弟子とふたりのときでも師匠はリアルに滑舌悪く、何を話しているのかわからないことがある。
立てと言われて立ち上がったら、師匠の要望はカバンを立てて欲しいということだった。
いきなり「聖子ちゃん」と口を開く師匠。わからないので愛想笑いしていたら、師匠が言いたかったのは「屁こいちゃった」だった。奇跡的に正解の対応をした昇々さん。
愛溢れる師匠いじりは、好楽一門に通じるところがある。あの一門も、師匠のポンコツぶりをよく披露する。
落語界は上が抜けない。最高齢、米丸師に敬意を払いつつもちょっとdisる。90過ぎた師匠が、宇宙人が攻めてきて地球人が鉄砲持って戦うなんて噺をトリでやっていてポカンだ。
まあ、米丸師は確かにすごいけど、確かにかれこれもう30年くらい、ポカンなイメージは私にも拭えない。
それから、アッチの気がある桂文治師の話。文治師は間違いなく昇々さんが好みなのだと。
旅先では嫌だが一緒に風呂に入る。風呂に置いてある足つぼマットを踏んで痛がる箇所につき説明書きを読むと、文治師の悪い箇所は頭と肛門。
おばちゃんの客たち、文治の名前でもう笑っている。皆さん詳しいのだ。
寄席に遅刻の多かった、先代文治のエピソードまで披露。
それから、ある先輩と一緒に地方に行き、ギャラが少ないのでシングルルームに同宿した話。
その先輩のうるさいいびきを描き分ける芸に、小学生のお嬢ちゃんも大爆笑。
昇々さん、先日うっかり、この師匠が楽屋にいるのにネタを披露してしまった。後で俺のことだろと言われたと。
以前も聴いたこれ、桂竹丸師匠のエピソードと判明。仲がいいので言えるんですと昇々さん。
昇太一門は、揃って文治師、竹丸師との接点が多く、マクラでもみな語るから不思議だ。竹丸師も逆に、漫談で昇太一門を語る。
文治師も、同業者にとってのネタの宝庫。落語協会の師匠にまで、よくネタにされている。
本編は鈴ヶ森。昇々さんのこれ、どこかで聴いたつもりでいたが、よく考えたらTVだった。生では初めて。
昇太一門はみなやるようで、弟弟子の昇吾さんや、この後出る昇市さん(前座時代)でも聴いた。昇吾さんのネタの入れかたからすると、文治師から来ているのであろうか。
知っている噺が、さらにパワーアップしていて驚いた。一之輔師の鈴ヶ森にも似ているけども、独自の魅力が溢れている。
髭の描き方とか。最初にちょび髭にして、「カトちゃんぺじゃねえ」と親分に叱られる。
40幾つ下の嫁を貰いやがって、昇太が羨ましがってたぞとギャグが入るが、違和感なし。
眉毛をつなげて、意味なく、歯までところどころ黒くしたところ、親分がOKを出してびっくりする新米。
人気の演目だが、親分から「口移し」で口上を教わるシーンは、昇々さんがいちばん面白いと思う。
もともとバカなので口上が覚えられないが、親分をからかう気持ちもちょっと持っているふざけた新米。
あとはケツの穴に挿すたけのこ。「意外といいかもしれない。また明日来よう」。このために文治ネタを振ってあるのか。
凄いと思ったのは、登場人物のやり取りの面白さを徹底して攻めていくことで、ついには新米泥棒が「ヘイ」と返答するだけでウケる。嘘みたいな芸。
いいなあ。もっともっと昇々さんを聴きたい。
春風亭昇市「宮戸川」
続いて、今年二ツ目に昇進した昇市さん。
この会は、昇羊さんとしては昇市さんの二ツ目昇進を祝う意味もあったようだが、オープニングトークで師匠の話ばかり出てしまい、当人に触れられなかったらしい。
最後に昇羊さんがやや残念そうにそう語っていたけども、たぶん本人はもう会場を後にしていた。
この日は二人の兄弟子目当てで来た私だが、二ツ目になって自由に演ずる昇市さんを聴いて、すっかりファンになりました。
キャリアは浅いがレベルは高い。兄弟子たちにはまったく似ていないスタイル。
自分の経験を踏まえ、女の人は3年で現実に目覚めるという楽しいマクラ。
元落語協会歌る多門下、三遊亭日るねで、今芸協前座、桂しん乃さんの天然エピソードも。
師匠方が手を洗う際、前座は袖を後ろから引いてあげる。そうすると師匠の袖が濡れないから。だが、袖を引くしん乃さんの手が濡れている。
向こうの協会では二ツ目だったのに、前座からやり直しているとは大変だ。
元は先輩なのだが、昇市さんたちもけじめをつけ、あくまでも後輩として扱っているらしい。
そういえば、昇市さんの語ったエピソードではないけど、三三門下だった柳家小かじさんも、春風亭かけ橋として柳橋門下で再出発したと聞く。
まあ各人いろいろあるのだろうけど、噺家を続けたい人に、最低限の受け皿があるのはいいですね。
昇市さんは、本編は宮戸川。
誰に教わったのか知らないが、どこの誰の型でもない。自分で作りあげているのならすごいね。
新作の一門らしい創意工夫を、人気の古典落語の演目から感じる。
最近も、「日本の話芸」で春雨や雷蔵師の宮戸川が掛かったが、芸協だからといって落語協会の師匠と大きく型が違うわけではなかった。だが、昇市さんのはワンアンドオンリー。
冒頭の、家の戸を叩くシーンなどばっさりカットで、いきなり「締め出し食べちゃった」から始まる。
叔父さん家で二階に上がってからの、神田・日本橋のやりとりなどもカット。
別に持ち時間が短いわけではない。若い二人のやりとりは控えめにして、霊岸島の叔父さん夫妻を徹底してフィーチャーしているのだ。そのほうが、若い男女も引き立つという計算なのだろう。
だから婆さんもボケっぷりが強く、活躍度が高い。
でも、「いまだに二つ違い」のクスグリは、本人のフィルターに掛からないらしく省略。
若いのに、妙に爺さんが達者な昇市さん。
このお花さんは、かなり狙いを定めて半ちゃんにアタックしているようだ。そういう演出、他になくはないけど、昇市さんのは露骨にそう語らないところがいい。
語らない思いを秘めるお花に、年配の女性客たちがとても嬉しそうであった。
いよいよ濡れ場というところで、「この後は、次回呼んでいただいたときに」とサゲ。
春風亭昇羊「そば清」
仲入りを挟んでトリの昇羊さんも、昇々さんと同じく師匠のマクラ。
師匠はヨイショを用いずに、人の心に飛び込む名人なのだと。
弟子は師匠にハマろうと、常日ごろから余念がない。だから師匠の一挙手一投足から目を離さず、言いつけられる前にすでに準備をする。
駅のホームで味付け半熟卵を買う師匠の姿から、自分の心象風景を引き出す昇羊さんもすごい。
半熟卵を買った師匠から、絶妙のタイミングで受け取る準備をしている昇羊さん。だが、なんと師匠は懐にしまってしまう。
なにかしくじったのだろうか? しばらく悩む昇羊さん。乗り込んで網棚に荷物を載せると、師匠が卵を懐から出して「これ食うか?」
恋愛の駆け引きみたいな遊びをいつもしている面白師弟。
昇羊さんも、マクラが常に楽しい。すでに聴いたことのあるマクラが楽しいという噺家は、あまりいない。
昇々さんもそうだが、マクラのエピソードを順序立てて予定調和的に放り込むのではなく、ランダムに入れてくるからだろう。
改めて感じたが、昇羊さんは非常に兄弟子の昇々さんと似ている芸。顔もよく似ているけど。ある種の狂気をまとっている点まで似ている。
といってもこの二人に似ている噺家は他にはまったくいないので、落語界においては非常に個性的。
マクラから本編まで、徹底して作り込んだ結果、似たところに落ち着いているふたり。
似ている分、昇々・昇羊二人会はちょっとやりづらいかもしれない。
私は二人とも大好きなので、スタイルが被っていてもいいので、あれば聴きたい。
二人ともマンガチックなキャラ造形にこだわるが、昇羊さんにだけあるのは、難しい人間関係の解析をする部分である。
あとは、池袋の中国人との、往来での不思議なエピソードも挟む。
手拭いを、マクラを喋りながら懐を探って出そうとする昇羊さん。でも、扇子と一緒にすでに外に置いてある。ちょっと天然。
昇羊さんの本編は「そば清」。
古典が続いたので昇羊さんは新作かと思ったが、古典中の古典。
新作の一門なのに、三人普通に古典落語を掛けるというのもすごい。そば清は初めてで嬉しい。
古典落語を再構築するのが見事な昇羊さんにしては、比較的スタンダードな型である。この人は、演目ごとにアプローチがかなり違う。
そばをたぐりながら自分の女性の好みを喋るあたりは相当工夫の度合が高いけど、それでも従来の型から逸脱しているわけではない。
だが、スタンダードな古典落語も実に楽しい。
それは、変わった登場人物、そば清さんを徹底して攻める、キャラクター落語だから。これもやっぱり昇々さんと似ている。
柳家喬太郎師のそば清もちょっと連想した。攻めるポイントは違うけど、落語から漂う楽しさの質が近い気がする。
面白さが溢れている昇羊さんだが、その前に語りの素晴らしさを感じる。気持ちよく落語を届けるのに最適の声。
つい最近、「説明過剰落語」について書いた。
その際、いいほうの例として喬太郎師のそば清を挙げたばかり。
昇羊さんのそば清は、さらに説明が少なくてとてもいい。
完全な考え落ちで、サゲの説明のまったくないそば清、実に久しぶりに聴いた。
なかなか怖くてできないやりかた。あえて伏線を探すなら、うわばみの様子を眺める清さんが「あの草を舐めれば何でも溶けるんだな」と語っていた部分だけ。
この日のいい客は、わかっているのでしっかりサゲまでウケていた。客を信用して大成功の昇羊さん。
オヤと思ったのは、うわばみが猟師の鉄砲と服を吐き出すというシーンがあったこと。そういやそうだね。
うわばみが草を舐める様子とセットで描写しているので、この説明にくどい感じは一切ない。
なまじ描写が上手いので、人体以外の部分が、聴いている側にちょっとだけ残ってしまう。それをスムーズに処理する見事な腕。
いや、楽しい会でした。仲入りを含めて2時間弱。やや短いが、満足です。
私も、わずか三席なのにたっぷりと記事書いてしまった。
次は1月26日に、わさび・喜太郎・昇羊でこの会やるそうだ。いいメンバーだし、客層も実によかったからまた来ようかな。
「あれ、人間だけ溶けちゃうのよ」なんてお友達に喋るおばさんなどいません。普通、いないんだけど。
役所絡みの会だけど、豊島区は運営もちゃんとしている。
帰りは、用もないのに遠回り。池袋演芸場に立ち寄ってから駅に向かいました。
月一度の芸協の席。昼トリの茶楽師が画面に映っていた。