入船亭扇辰独演会@ばばん場(下・「藁人形」)

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入船亭扇辰4
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仲入り休憩を終えてもう一席。
扇辰師、高座に上がり、わざとっぽいのだが頭を天井の梁にコンとぶつける。
「真ん中、ここだよね」と床のバミリを指し、自分で座布団をずらして座る。

「間違って真ん中になってなかったね。誰のせいだ。貴様だな!」と楽屋を向く扇辰師。
すみませんと声を発する辰ぢろさん。
もちろんパワハラなんかではなく、師弟の楽しいお遊びである。

昨日書いてしまったが、一席目の天災についてマクラで語る。
「つくづく思うんだけど、落語ってくだらないよね。たまに、こんな商売でいいのかと思うんだよ」
そんなくだらない噺をもう一席と扇辰師。

かつて上方に掛け落ちしたらしいのだが、江戸に戻り、自ら千住の女郎に身を沈めるお熊。詳しい背景は語られないが、糠屋の娘。
なんだっけこの噺。藁人形だ。
扇辰師のもの、落語研究会にかつて出たから知っている。
それはいいけど、調べたら今月、日本の話芸で正雀師が出してるじゃないか。再放送含めて録画し損ねてる! まあ仕方ない。

昔は糠は生活に欠かせないものだったと軽いマクラ。
漬物、そして鳥の餌に混ぜたり、糠袋として体を洗ったり。
といって、それほど説明が欠かせないわけでもないのだが。

緊迫感溢れる噺だが、サゲはこれ以上ないくだらない噺。
これに匹敵するのは上方落語の「五光」ぐらいか。
「冗談が長くなったのが落語」なんて噺家さんも言う。私は幻想だと思ってるが、そうだとしても藁人形や五光はあまりにも長い冗談ではないか。
なんでこんな噺が生まれたのかね?

そのくだらない噺、本当に楽しい。
スリルとサスペンスに溢れている。鶴の恩返しでおなじみ「見るなのタブー」も盛り込まれている。
一度聴いていてよかったなと思う。
まったく知らない噺だったら、最後に「なんじゃこりゃ」とズッコケるかもしれない。人を勝手にハラハラドキドキさせておいて、そりゃないぜという。
だが知っていると、やがてやってくるサゲの「しょうもなさ」までトータルで含めて楽しいではないか。
落語というものの楽しさがすべて盛り込まれた贅沢な噺だとすら思うのだ。

主人公は願人坊主の西念。黄金餅と同じ名前。
お経なんか知りもしない乞食坊主。適当なお経でお布施を得るのが商売。
ある日お熊が西念に言う。
上方のさるお方に身請けしてもらえそうだ。絵草紙屋を1軒買ってもらうことになったので、ついては自分の父親によく似た西念に親孝行の真似事がしたい。
手伝ってくれないかとお熊。
西念は小町娘だったお熊を小さい頃から知っている。二つ返事で承諾する。

次に逢うと、どうも雲行きがおかしいお熊。
すぐに絵草紙屋の手付を打たないとならないが、旦那は上方に帰ってしまって次いつ来るかわからない。
困っているお熊に、かつて貯め込んだ20両を差し出す西念。こう見えてかつては鳶の頭。引越の際に花会を催してもらってできた小金を床に埋めているのである。

風邪を引いて1週間寝込む西念。
ようやく床が上がり、お熊を訪ねていくと実にけんもほろろ。
なんとすべてはウソだった。
西念について他の女郎と賭けをしたのだ。ああいう乞食坊主が意外と金持っているんだという見解と、ありやしないというのと2種類に分かれた。お熊はあるほうに乗ったのだ。
そこで筋書きをこさえて西念を騙したのだと。20両はみんなで分けた。
金を受け取った日にお熊は西念を客にしてやった。あの代金だよ、うせやがれ。

ひどい話だが、お熊のピカレスクな魅力がたまらない。
扇辰師の描くお熊、実に艶っぽい。
お熊がこんな人間になるまでには、詳しく語られない過去の積み重ねがあるのだろう。深い。
そこをスパッと省略し、あえて表面だけ描くのである。
それは西念だってそう。願人坊主なんかやっているが、そこには人としての積み重ねがある。

叩き出され復讐に燃える西念に、寄せ場から帰ってきた甥の甚吉が訪ねてくる。
甚吉は悪さをして刑に服していたようだが、それもぼんやりとしか描かれない。
親を失った甚吉、叔父の西念に親孝行がしたいのだと。これからは俺が面倒を見るよと。
これだって詳しくは語られないのだが、金を騙り取られた西念に救済が訪れることが端的に描かれている。

しょうもないサゲ、書いてもいいが書かなくてもどうということはない。
サゲを呟き、扇辰師しばし無言。3秒ほど待ってようやく頭を下げる。
どうだこのしょうもない噺、という。
でも本当に素晴らしい一席でした。人間をきちんと描くのだが、しかし徹底的に描写を省く。
緊迫していた客が、なあんだと急速にリラックスする。それがおはなしってもんでしょう。

藁人形は末尾の広告「入船亭扇辰3」に収録されています。なぜか1・2・4と違い中古しかない。
カップリングは三井の大黒。

大満足の会でした。
ばばん場にも、また寄せてもらいます。

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作成者: でっち定吉

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