東大島亭 その4(入船亭小辰「替り目」)

そんなわけで、くたびれてしまった東大島亭。
最後の小辰さんのトリの高座、マクラの途中で帰ってしまった客が1人いたようだ。
高座の小辰さん、「今帰った人の顔は忘れません」なんて一蔵さんみたいなことを言う。
途中で席を立つのはよくないのだが、でもなんとなくわかる。疲れたのだと思う。
小辰さんのせいではなさそう。
そもそも、トリネタではない替り目で締めるのも、疲れた客への配慮だと思う。

大名跡を継ぐ小辰さん。実力は折り紙付きで、噺の工夫もドラスティック。にもかかわらず結果として地味な芸風。
でも地味なりに首尾一貫していて、ファンがしっかりついている。東大島のお客さんもそうなのだろう。
だが、この日は芸風のまったく異なる賑やかな落語が持ち込まれた。これは、小辰さんの芸風と引き立てあうようでいて、実はどちらの側の利益にもならなかった。
冒頭のトークで、「一蔵・小辰」のペアだと仲が悪いなんてギャグにしていたが、別に仲が悪いわけではなく、一緒に出ると合わないことを小辰さんがわかっているのだろう。
市弥さんなら引き立てあうのか、これは私にはよくわからないが。

この日見た限りでは、一蔵さん、寄席のヒザ前を務めるのは難しそうだ。鈴本の悪口言ってたが、そちらにはまず呼ばれまい。
いっぽうで小辰さんは、トリもあるし(なにせ扇橋だ)、ヒザ前にも早いうちに入りそうな気がする。文菊師のように。

トリの一席は、また小辰さん。
定番のマクラから。
飲み屋でたまたま会ったおじさんと話をする。日ごろ、職業のことなんて訊かれても言わないが、いい気分だったので「アタシは落語家です」と話してしまう。
おじさんは、「ああ、俺ね、落語詳しいんだよ」。
こういう人が詳しかったためしはない。実際「名字はなに?」って訊いてくる。やっぱりね。
入船亭ですと答えると、「あ、落語協会だね」。お、東京の4団体をわかってるとはこれは侮れない。
おじさん、「落語協会も大変だね。談志さんが出てっちゃってね」。いつの話?
さらに「三平さんも落語できなくてね」・・・え、どっち?

2年前に池袋の二ツ目枠で聴いた、小辰さんの代表作「替り目」のマクラがやはりこれだった。
「入船亭小辰 替り目」を検索するとトップに出る、私の記事に書いてある。まあ、実際に検索で来てる人はいないようですが。
同じ年には、この演目でNHK新人落語大賞に出て、笑福亭羽光さんと1点差の準優勝だったのだ。

池袋で聴いたときは、車夫は出なかった。時間が短いときはカットするのか。
車夫のくだりは特に変わったところはない。
だがおかみさんによると、亭主は毎日クルマに乗るいたずらをしているらしい。車夫のほうも、待ち構えてるんだって。
どう見ても整合性のかけらもないけど、斬新な解釈で面白い。

噺にジミハデな工夫を凝らす小辰さん。
亭主が嘘をつく際、下唇が出るという設定を導入した。サゲにも出てきて、実に見事な工夫。
つまり、これが替り目のスタンダードになっても、まったく違和感がないという。
いずれ後輩が教わって、この型を始めると思う。

納豆の残りが「36粒半」だって。半を付けた人は初めて見た。
やっぱりジミハデな工夫。

隣の亭主を「いただきました」は、噺のキズになると避ける噺家も多いくだり。
だが小辰さんは堂々とこれに立ち向かい。亭主に、下唇を突き出しながら、「お前が隣の亭主とどうなっても構わないけどな」と言わせる。

「大根と卵とこんにゃくでよろしかったですか」という、当時気になったセリフはそのまま。
「よろしかったですか」だけ気に入らない。
別に「よろしいですか」にしなくていい。「大根と卵とこんにゃくでいい?」と、かみさんに強めに言わせればいいと思うけどな。

酔っぱらいの亭主とかみさんとが、実に深く結びついていることが客に伝わる、見事な替り目。
今のところは工夫の見事さが目立つが、いずれ行間だけで楽しめる噺に進化していくことだろう。

やはり私は、小辰改め扇橋の披露目に行こうと思った。
師匠・扇辰や、一門の総帥扇遊、二ツ目枠には遊京など期待の噺家が揃う披露目に。
ただ、代表作の替り目が出そうだ。
元帳から先を持ってると立派なトリネタになるけど、私の好きな後半は持ってるかな?
前半だけでこれほど見事に練り上げてると、続きはやりづらいかな。

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作成者: でっち定吉

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