寄席芸人伝22「六日知らずの六助」

ネタ切れでまた1日休んでしまいました。代わりといってはなんですが、午前0時にアップします。
花王名人劇場のストックなんかそこそこあって、その気になればこれを書くんですけども。
更新休んでもアクセスはそんなに落ちない。なんだ、3日に一度の更新ぐらいで十分なんでは?

しかしそんなときにネタが浮かびました。
久々に「寄席芸人伝」を。6年書いてる当ブログの黎明期から取り上げている。
寄席芸人伝はすでに、紙の単行本は絶版となっている。
だが、マンガは電子書籍で読む時代。むしろ今こそ価値が増しているのではないでしょうか? あいにくタダでは読めないのだが。

今回のエピソード、新宿末広亭のクラウドファンディングで思い出したのだった。

第3巻から、第32話「六日知らずの六助」。
噺家、六助は入門20年なのに万年前座。なぜ昇進しないか、それは噺家仲間の祝儀不祝儀に金を出すのが嫌だから。
ケチの国からケチを広めに来た、六日知らずの六助だと楽屋の評判。とにかく200万円も貯めてると噂。
そんな噺家だが、ケチの噺は上手い。夢金など楽屋でも感心している。

楽屋が騒がしい。寄席新富亭は、経営不振で畳まざるを得ないかもしれない状態。
噺家連中は気を揉むが、できることはなにもない。
他の噺家には内緒で六助、席亭を訪ねる。貯め込んだ現金を出して、これを使ってくれと。
新富亭が潰れたら、あたしの仕事場がなくなっちまいます。
感激する席亭に六助、このことはくれぐれもご内密にと念押し。

楽屋は、金を出してくれる奇特な方がいらしたそうだと大喜び。
六助はそんな会話の中、下駄を首からぶら下げている。
なんだいそれと訊くと、雨の砂利道は下駄が減りますんでねと。裸足で帰っていく六助に楽屋は呆れ、奇特な人の爪のアカを煎じてあいつに飲ませたいねと。

万年前座が誰にも知られず寄席を救うという、現実にはないエピソード。
現実の新宿末広亭を、小金を貯めこんだ噺家が助けてくれたらいいですね。

それはともかく、タイトルからして「六日知らず」。
ケチの小噺でよく振られるフレーズ。
日付を勘定するとき、開いた指を親指から一本ずつ折っていく。5日で指が全部折れる。
6日目を数えるとき、小指をピンと立てるのだが、ケチは一度握った指はもう開きたくない。なので「六日知らず」。
落語らしい、素晴らしいワード。

ちなみに、柳家圭花さんが、6日目を表現するときに握りこんだ親指をニュッと外に突き出してきて驚いたことがある。そういうのもあるんでしょうか。

他にも、ケチのフレーズがこのエピソードには満載だ。

楽屋の長老は、「欲深き人の心と降る雪は積もるにつけて道を忘るる」と、ケチの六助をたしなめている。これは、六助が直前まで掛けていた「夢金」に出てくる歌。
後ろから乗っかる師匠は、「江戸っ子の生まれ損ない銭を貯め」。
他の師匠も、「赤螺屋、我利我利亡者」と。

ケチの噺として、「味噌蔵」「片棒」「位牌屋」などが劇中で挙げられている。
ケチの六助はこれらがみな上手いんだそうだ。
昔多かった、自ら希望して前座のままでいる男が、こんな大ネタ寄席で披露する機会があったのかどうかはやや疑問だけど。

まだまだ素敵なフレーズがある(センズリは飯を食わねえ、とか)ので、ぜひ読んでみてください。
落語好きは寄席芸人伝を当然に楽しめるが、マンガのほうから落語の世界に入ってくる人だっているだろう。

寄席芸人伝は、しばしば現実(マンガの書かれた同時代のエピソード)を反映させてフィクションを作り上げている。
マンガに影響を与えた現実はというと、九代目桂文治じゃないだろうか。通称留さんの文治。
いまだに、ケチエピソードがマクラに出てくる人。十代目文治の弟子である柳家蝠丸師も入れてた。
表面的にはドケチの文治だが、使うところでは惜しまなかった、芸人の美学に溢れた人であったという。
マンガの六助も、ため込んだ銭を席亭以外の誰にも知られないまま、悩まずに差し出すのである。生まれ損なった江戸っ子なんかではないのである。
ラストのコマ、裸足で雨の中を走りながら、「あんまり走るとハラが減る」とひとりごちる六助。本物のケチでもあるのだった。

ちなみに、このエピソードがなかなか見つからなくて、何度も11冊ある寄席芸人伝各巻の目次を見返した。
おかげで、このマンガにはまだまだ取り上げるべきエピソードがあるなと気づいた次第。

全11巻セット

作成者: でっち定吉

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4件のコメント

  1. 私も寄席芸人伝を全巻持ってますがマンガの内容も面白いですが古谷三敏先生の絵もこのマンガにマッチしてますよね。
    最近は赤塚不二夫系列の漫画家さんがあまり活躍されていないようで、このようなタッチのマンガを見る事が少なくなりました。
    だれかこの雰囲気で落語マンガ描いてくれないかな?
    登龍亭獅籠さん、「雷とマンダラ」的なのを芸協や落協も取材して描いてほしいなぁ。

    1. 寄席芸人伝は構造が重層的でいいなと思っています。
      劇中、突飛なエピソードばかりなのに(そうでないとマンガにならない)、しかし噺家の肉声がちゃんと聞こえてくるという。
      今回の「六日知らずの六助」も、一生を掛けた壮大なシャレなんじゃないかと思えてならないのです。
      そして物語自体が一席の落語です。このまま高座に掛けられるんじゃないかと。
      絵柄はすごいですよね。シンプルの極み、かつ非常に綺麗で。
      また取り上げさせていただきます。

  2.  ビッグコミックに連載している頃から、この漫画の大ファンでした。ケチネタで、他の話でも人知れず稼いだお金を恵まれない人に回していたりするのもあったように覚えています。
    当時からこの一話一話がすべて、清涼感のある人情噺のような印象でした。こちらのサイトで続きを取り上げていただくよう期待します。
     ときに、ここ数年「しわいや」を聞いていないなあと。「片棒」とか「味噌蔵」はけっこう聞きますが、今どきは流行らないのかしらんと。
     

    1. いらっしゃいませ。
      私も取り上げますが、プロの噺家さんも高座に掛けないかなとせつに思うようになりました。人情噺も豊富にありますし。
      「しわいや」ですか。文字では見ますが、私は聴いたことないです。
      「位牌屋」もやる、珍品大好きの柳家圭花さんなら持っていそうです。

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