Happy People Make Happy Horse(落語界の育成を競馬から考える)

競馬はお好きですか。
競馬と落語、第2弾です。第1弾はこちら。

かつては20年間にわたって競馬に熱中した私だが、やめて10年以上経つ。
別にギャンブル依存症から立ち直ったとかそういうキツい話ではない。あるとき古い風船がしぼむように、急に興味をなくしたのだった。
やめてしまう前3年ぐらいのレースは、後から振り返っても驚くほど記憶がない。もう飽きていたのだ。
趣味がなくなってしまったので、子供のころから好きだった落語に戻ってきたような格好である。

なぜか高校生の息子が競馬好きになってしまい、その影響で最近はJRAや南関東競馬をよく見ている。
馬券にはもはや一切興味をそそられないのだが、でもレース自体は面白い。確立した体系があるのがいい。
息子のほうは公営ギャンブル全般に興味を持ってしまった。競輪も好きらしい。
将来はロクなもんにはならなそうだが、まあ、親父と一緒。

さて、名馬の1頭「タイキシャトル」が亡くなったというニュースを見て、いずれ取り上げようと思っていたネタを思い出した。
タイキシャトルを管理していたのは、藤沢和雄元調教師。藤澤と書くことも多い。
優秀な調教師は名伯楽という。金原亭伯楽という師匠がいるが、「馬派」に合わせた新たな名前を作ったわけだ。

日本を代表するトップトレーナーとして突っ走ってきたこの先生は、ものの考え方が根底から違っていた。
2月に定年で引退したこの先生のドキュメンタリーが、春先にNHKで流れていたのだがご覧になったでしょうか。
「幸せな人間が幸せな馬をつくる 調教師 藤沢和雄 最後の400日」という。
珍しく、三度ぐらい再放送していたはずだ。
番組タイトルは、藤沢師が若いころに修業した英国・ニューマーケットで学んできた「Happy People Make Happy Horse」を訳したもの。

競馬の世界、スパルタがもてはやされることもあった。ミホノブルボンとか。
しかし藤沢師は、馬の精神状態を徹底的に観察し、強い調教を一切しなかった点がエポックなのだ。
強い調教をしないからといって、人間が楽なわけではない。むしろ時間をかけた入念なメニューが必要になる。
馬は本能的に走りたいもの。レース本番で、その気持ちを全開にしてやることこそ、調教なのだ。
厩舎に入ってくる2歳馬なんて、まるで子供。子供をピシッとしつけて言うことを聞かすというのも考え方だが、藤沢師は決して無理をしなかった。
エポックな調教から、日本一の実績が、タイトルホースが次々生まれてきた。

この先生に比べ、落語の師匠の一部が、いかに前近代的でどうしようもないか。
とことん厳しく当たるのが、いかに師匠の自己満足にすぎないか。伝統芸能という看板に甘えた思考停止か。
柳家小三治なんて、育成実績のさしてない人の師匠ぶりを誉めそやす世間は、意味不明。
ものごとはいいようで、「小三治は弟子を厳選した結果、喜多八と三三を生み出したのだ」なんて言い方も可能だ。
だが、辞めさせた半分に光る星がいたのだろうに。
藤沢師なら、結果的に育てられなかった馬について考え続けるだろうに。

古今亭志ん輔も、育成実績がゼロなのに、師弟関係かくあるべしという間違った信念を持っている。
今日もせっせと、弟子をダメにすることに全精力を使っている。
弟子・天歌に訴えられた当代三遊亭圓歌もどうしようもないダメ師匠。

伸びている一門はやはり違う。弟子の精神衛生がいい。
まあ最近、いつも褒めている一門から鬼っ子が出てきたなんて例もあるので、褒め過ぎもいけないなと思うこともあるが。
それでも、厳しい師匠よりは甘い師匠のほうが、間違いなくいいわけだ。
これはもう、競馬界を見てもわかる絶対的な真実。

現代の入門志願者はオチケンが多い。
オチケンには「どの師匠がいい」という情報が入ってくるから、まともな師匠を選びやすい。
だが中には、「自分を厳しく鍛えてくれる厳しい師匠の元に行きたい」と思う志願者もいるかもしれない。
ダメです。自己満足のために弟子をイビる師匠に付くと、人生ムダにします。
ただでさえ、才能がものをいう世界ではなにかと悩むことが多いはず。そんなときに師匠が悩みの種だなんて最悪。

ちなみに、ヘビー競馬ファンだった私は、かつて一口馬主でもあった。
初めて持った馬が、すでに名声を欲しいままにしていた藤沢厩舎所属だった。
なにごとも馬任せだった厩舎のもと、仕上がりの遅れた愛馬は、3歳の秋にようやく未勝利戦(中山ダート1,800m)でデビューした。
馬体重はなんと570㎏。超ヘビー級。
出走経験馬に混ざり、トップジョッキー岡部幸雄を背にデビューした愛馬は、競走というものがよくわかっていない。
馬群の後ろをポツンと付いていった。穴人気ではあり、場内失笑。
しかしようやくスイッチの入った愛馬は、3コーナーからスルスル動き出す。
そして中山の急坂をものともせず駆け上がり、馬群をごぼう抜き。

この未勝利戦は、競馬ファンの間でも話題になったものだ。
You Tubeにあるのでよかったら見てください。
馬の名はリアルヴィジョンという。父はサクラユタカオー、兄にフェブラリーHを勝ったメイショウホムラがいる。
重賞は勝てなかったが、オープン馬に出世し、私を楽しませてくれた。

作成者: でっち定吉

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