隠し「ごとば」について・・・柳家さん遊「青菜」から

昨日は古今亭菊之丞師出演の日本の話芸につき、マクラだけ取り上げた。
よく考えたら、「寝床」のマクラで林家三平を取り上げるというのは、つまり「あの人は素人だ」と宣言しているようなものだ。今になってようやく師の企みに気づいたのだけど。
これはよりキツい。

さて、その1週間前に日本の話芸に出ていたのは柳家さん遊師で、演目は青菜。
日本の話芸も、菊之丞師のような中堅をどんどん出して欲しいと思うそのいっぽうで、さん遊師みたいなベテランを聴きたい気持ちも濃厚にあるのです。

柳家さん遊。元の名は柳亭小燕枝。
コロナ禍になったあたりで改名をした。さん遊は初代なので、襲名とは言わない。
私が国立演芸場で師のマクラを聴いた限りでは、師匠・小さんが実は柳亭小燕枝という名を好きでなかったのが理由のようだ。もちろん、師がそう語っていたというだけで、真の理由はよくわからない。
空いた小燕枝は、柳亭市弥さんが継ぐことになった。今月21日からいよいよ8代目小燕枝である。
さん遊師は6代目小燕枝を名乗っていたが、本当はもうひとりいた。それもあって市弥さんは末広がりの8代目になることになったそうで。

先代小燕枝師が改名するにあたっては、談洲楼燕枝が復活するという伏線ではないかと想像力をたくましくしたのだが、そんな事情はなかったようである。
小燕枝があると、燕枝が復活しにくいのではないかと。
誰が燕枝になるかというと、三三師ではないかと勝手に思っていた。
いっぽうでその妄想と矛盾するのだが、市弥改め小燕枝が誕生するにあたっては、「たまたま空いてたから」が理由かもしれないと思ってもいた。東京かわら版のインタビューによると、本当にそういう事情だったらしい。

コロナ前はさん遊の小燕枝師、黒門亭などでよく聴いたのだけど。
コロナだけでなくしばらく休養していらしたというのもある。

さてさん遊師の青菜。
滑舌が悪くなっている点がちょっと気になるが、この徹底して抑制の効いた落語、たまらないですな。
押し入れから出てくるかみさんで笑いをすべて回収するような、そんなやり方とは一線を画している。
抑制のきいた落語は繰り返し聴けば聴くほど楽しい。
夫婦関係と、建具屋との友人関係、それぞれを無用に対立させない点がベテランの腕であり、小さん流。
どちらの関係性も、終始余裕がある。双方に、本気で争う気は最初からない。
私は、「お前大阪に友達いたの?東京にもいないのに」なんてセリフの入る青菜が大嫌いです。
さん遊師の建具屋は、最速で植木屋の遊びに付き合ってくれるではないか。
ただ、建具屋が青物嫌いなので、遊びがやむなく中断しそうになる。でもちゃんとつなげてくれる。

番組冒頭の一言によると、先代小さんは旦那の鷹揚な雰囲気がなかなか出ないと嘆いていたのだと。四代目の師匠がよかったと。
これ、私のバイブルである「五代目小さん芸語録」にも書いてあるエピソード。五代目の代表作のひとつだったのに。
だが、さん遊師の旦那こそ、実に鷹揚でいい。
旦那を演じるときは扇子をゆっくりと動かしている。これもまた、芸語録で取り上げられていた。
そして旦那が、絶えず目だけで微笑んでいるのがまたいい。
オウム返しの植木屋は、この所作をそっくり真似ている。

ちなみにかみさんに湯に行くか問われて、いいや飯にしようと亭主は答える。
これは、「サボっちゃった」という気持ちがあるからなのだそうだ。やはりこれも小さんから。
客にわかるかどうかではなく、このセリフは植木屋の気持ちを描くのに大事なのだそうで。

さて内容だけでなく、今日取り上げる気になったフレーズ。
「鞍馬から牛若丸がい出まして、その名を九郎判官」のことを、「隠しごとば」と言っている。
普通は「隠しことば」なんだけども。
旦那が濁っていうので、亭主も家に帰ってかみさんにそう言っている。

「ごとば」と濁る使い方は聴いたことがないのだが。
本当にこう言うかな? 花ごとばとか、褒めごとばとか言わないものな。
ただ、この言い方が正解かどうかではない。超ベテランになっても新たな言い方を探し求める姿勢に、非常に感服した次第。

同じ感想をかつて、一門の後輩である小里ん師から受けたことがあったのだ。前述の「五代目小さん語録」の聞き手である。
つまり、さん遊、小里んの両師には同種の問題意識があるらしい。
小里ん師は、「禁酒番屋」において「水ガステラ」と言っていたのである。
これも普通は水カステラ。他の噺家から濁るのは聴いたことがないし、師匠小さんがそう言っていたわけでもない。

ちょっとしたところに心血を注ぐのが落語というものなのだなと再認識したわけです。

作成者: でっち定吉

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