上手くて旨い橘家文吾「目黒のさんま」

今月予定の落語会、第4弾。日曜と連チャン。
コロナの前までは二度ほどお世話になった、東京都水道歴史館の無料落語会に参加する。
東京かわら版が先月届いて知り、申し込んでおいた。以前は整理券方式で、無料とはいえ結構面倒だったのだが。
無事当選した。ゆっくり行ける。
三連休毎日会があって最終日の月曜が、春風亭朝枝さん。
二ツ目昇進直後から注目しているこの人だが、めぐりあわせが悪くご無沙汰している。
楽しみにしていたのだが、鶴見の落語会が済んだ直後のメールで、コロナ休演を知る。ガッカリ。
代演が、橘家文吾さん。
前日神田連雀亭で見事な五人廻しを聴いたばかりの文吾さんならいいだろう。
以前、連雀亭の朝枝さんの代演、この人だと知ったうえで出向いたこともある。

台風接近中。だが当選者(30人)のうち、20人が律儀にやってきていた。
みな、日頃から落語を聴いている感じの人々。
席は、いまだソーシャルディスタンス。

時間になって、休演のお詫びと諸注意。
代演の文吾さんは、数年前に一度お呼びしましたとのこと。
さっそく文吾さん登場。

お足もと悪い中、ようこそ。
今になってお目当てが来ないと知った方はいませんか。
朝枝さんは同じ一門で、わりと助け合ってます。
朝枝さん、去年のこの時季もコロナになったんですね。その際も代演に入りました。
ぽくもその前コロナに遭いましたが、その際は仕事そのものがない時季でしたね。

台風どうなってるのか、弟弟子が九州にいるので電話してみました。
文太さんのモノマネ入り(似てる)。
文太さんによると、停電ですとのこと。ウチだけが。
そりゃ停電じゃなくて料金未納だろ。

先日にゃん子金魚先生が、ゴリラ物まねをやらずに下りてきました。
びっくりして前座に訊いたら、「サル痘が流行ってるので自粛です」。
関係ないじゃないか。

外は雨ですが、せっかくなので秋の噺をしますと。
秋の噺って、ほとんど目黒のさんまだけど。やはりそうだった。
季節ものだが、そんなに好きでもない。
でも、文吾さんからはいいのを昨年、神田連雀亭で聴いた。この人の売り物になると思ったのだ。
予想どおり、構成は一緒だがグレードアップしていた。

文吾さん、「さんまの旨さ」に最大限の重きを置いて語る。
私の好きな、食欲増進落語になっている!
実際にキャンプでオンボウ焼きも実践したそうで、その体験した旨さを語る。
体験型目黒のさんま。こんな噺をする人はいなかった。オンボウ焼きの旨さを語った人も皆無。
殿さまがさんまに恋焦がれる、その事実にリアリティがある!
決して「野駆けで腹が減ったから何でも旨い」ではないのだ。さんまこそ、秋の味覚の王様。

「さんまに逢いたいさんまに逢いたい、と一時期の大竹しのぶみたいに」という、いにしえのクスグリ入れていい気になっているベテラン噺家には、この際切腹を求めます。
ベテランが誰もやらなかったアプローチで、若い噺家が目黒のさんまを蘇らせている。

鯛の小噺でもって、二度目の「代わりをもて」を言う殿さまが、ニヤリとしていたのもヒット。
やりようによって、約束で振る小噺も蘇る。

ところで文吾さんの口調に、師匠でない別の噺家の語り口がしばしば紛れてきてオヤと思った。
三遊亭兼好師である。
兼好師がマクラでも本編でも、ちょくちょく入れてくる、スッとぼけた口調が。兼好師の権助に顕著な口調が、なぜか文吾さんの殿さまに現れる。
教わったのだろうか。
落語協会にもたくさん目黒のさんまがあるのに、兼好師に教わったのなら素晴らしいセンス。

師匠にはあまり似ていない文吾さんから、ある特定の噺家の口調を聞き取り、面白いもんだなと。
文吾さんから「新聞記事」を聴き、春風亭一之輔師の型と発声を感じたことはあった。でも、ここまでではない。

一席終えてから、足がしびれるので、と断って一度立ち上がる文吾さん。
続いてのもう一席、蒟蒻問答のほうは普通だったかな。
私自身、この噺の楽しさがもともとあまりピンと来ない。
偽坊主と蒟蒻屋の親父の適当さを楽しむものだと理解はしているけど。

なお蒟蒻問答からも、兼好師の語りが聴こえてきたので実に不思議。
教わった二席をまとめて掛けたのだろうか。
それとも、好きすぎて勝手に噺に流れ込んでくるのだろうか。
普段の声は兼好師と文吾さんとでかなり違うので、自然と似てしまうということはないだろう。

ともかく、文吾さんの目黒のさんまは絶品でありました。

作成者: でっち定吉

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