【柳亭市馬&市遼】寄席の灯を消すな コロナに前座を奪われた弟子と師匠の奮闘1年

テレビでも落語のドキュメンタリーはよくやっていて、そのほとんどを見ている。
NHKが浅草演芸ホールに密着し、桂枝太郎師を客と誤解してインタビューしていたものなど面白かった。
知ってるふりして作らず、制作側の無知を見せてしまうというのも潔くていい。
だけど、私が観たいのはそういうものでもないのだな。

テレビ以外で、さらに面白いものがあった。
昨日Yahoo!に転載されていたので気付いたのである。ありがたい。

【師匠と弟子の人情噺】寄席の灯を消すな コロナに前座を奪われた弟子と師匠の奮闘1年

テレ朝ニュース。
Abema TVでは流したのかもしれない。Abemaがテレビかどうかは微妙。
これが、Web媒体とは思えないしっかりした内容だったなと。よくわかっている人が作ったのだろう。
35分の大作だ。

コロナで混乱する浅草演芸ホール、そして落語会、両協会に密着したドキュメンタリー。
芯をなすのは、落語協会会長・市馬師の弟子、市遼さん。
市遼さんは2019年に弟子入りしていながら、前座として楽屋入りすることができないでいた。
コロナ前のように前座が余って順番待ちがあるわけではない。むしろ全体として志願者が減っている状況。
そんな状況だから、少ない志願者はどんどん前座にしそうなのだが、コロナの混乱によりそれすらままならない状況がしばしあった模様。会長のところで好き勝手するわけにはいかないし。

ちなみに、市遼さんの後はこれだけ入ってきた。停滞はようやく止まったのか。そうでもないのかもしれないが。

  • 三遊亭東村山
  • 春風亭てるちゃん
  • 柳亭市助
  • 林家十八

通常、密着型ドキュメンタリーは、落語協会、芸術協会のどちらかにのみ取材する。
前述のNHKも、芸協だけだった。
だが今回のものは、両方にアプローチしている。
市馬師が出ていたのに、その後いきなり文治師が出てきている。
まったく知識のない人ならなんとも思わないだろうし、ちょっと知ってる人だと混乱する。
だが後で両協会から4人(市馬、一之輔、昇太、小遊三)出たクラファン会見の模様が映し出された。これでちゃんと説明になっている。

番組は、浅草寺を背景にした市遼さんが「足の速い泥棒」の小噺を歩き稽古している、演出たっぷりのシーンから始まる。
そしてカットバックとして市馬、閉店した仲見世、コロナのニュース。
そして楽屋で文治師が、ボンボンブラザースの繁二郎先生に、「アニさんコロナで仕事飛んじゃったんだって?」。
次にアサダ二世先生。
そしてまた市遼、市馬、小里ん、文治、帽子交換芸のボンボン先生、柳家さん花師の披露口上(馬風師が隣を突き飛ばして全員将棋倒し)。
市馬、クラファン、市馬、太鼓を叩く市遼、看板猫ジロリ、そして高座に上がる市遼。
そして全編を通してナレーションが、柳家小もんさん。
本職はだしの実にいい声。噺家さんだから当然声がいいなんてものでもないし、噺家だからといってナレーションが上手いとも限らない。見事。

いや、いいなあ。
寄席の本当に好きな人が選りすぐった感じなのです。

先日の拝鈍亭が満員に近かったことなど思い起こすと、寄席はどん底の時期は超えたようだ。
だが、ついこないだまでの、「浅草に10人」といった状況をカメラはえぐり取る。

寄席の滞在時間は短くするルールになっている。
直前に楽屋入りするのだが、ボンボンブラザースの勇二郎先生があまりにも楽屋入りが遅く、ヒゲの繁二郎先生が焦っているのが面白かった。
ちなみに高座では口を利かないので、実に珍しい会話のシーンということになる。

そして、市遼さんが師匠に稽古をつけてもらっている。
落語好きの喜ぶ、とっておきの場面が切り取られていて興奮。
アゲの稽古であり、市遼さんが師匠に聴いてもらっている。
冒頭に出ていた、足の速い泥棒。
「今後から来るんだよ。そんなに速くなくてもいいんですが」と小噺を落としておいて、絶妙のタイミングで師匠が「ちょっと待って」。
駆け出している泥棒を呼び止めるんだから、そのつもりで声掛けないと、と。
当たり前といえばそうなのだが、びっくりする人もいるだろう。え、落語って高座の上で表現するのに、そんな現実を取り入れるの?
確かになんでも「らしく」やらねばならない。全くの絵空事ではないので。

市遼さんの稽古が本編、芋俵に入ると、天秤担いでいる所作にまた師匠がちょっと待てと止める。
無駄な動きが多い。余計な動きが多いからお客さんが集中できないと。
でも思うのだが、これ小噺の部分で「走っている人間に声を掛ける」所作をちゃんとやれと言われたからこそ、無駄な動きが生じたのかもしれない。
師匠は矛盾したことは言ってない。弟子がどこまで理解ができるかだ。
ちなみに師匠、江戸っ子らしく(大分だけど)「いごく」と発声している。

そしてカットがあった後、金言が。
師匠が言う。「お前は、丸暗記したセリフを思い出そうとして喋っているから会話にならない」。
噺家は話すんだ。普通にしゃべることを心掛けるんだ。
師匠、カメラの前で禅問答っぽいと自省したのか、「わからないだろうな。わからなくても頭の隅に置いておけ」と優しい言葉。
これについては、実は弟子はわかっていると思う。わかっているけど肚に噺が入っていないから、そうできないのだ。

まあ、ぜひご覧ください。
人によって、また別の部分が刺激されることだろう。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。

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