鈴本演芸場8 その4(隅田川馬石「鮑のし」)

昨日の一之輔師だが、後で調べたらなんと14か月振りの遭遇だったので心底驚いた。そんなに空いてた?

紙切りの二楽師へは、「只見線」と「立川談志」の注文。
復活したJR只見線の注文、頼んだ客は何度も繰り返すが演者にはまったく聞き取れない。高座の上でひたすら困惑していた。
関係ない私もまた、「タダ見券」と連呼してるのだとばかり思っていた。
二楽師、「どなたか通訳してくださいますか」だって。
頼むほうも、伝わってないんだから「鉄道の」とか「JR」とか補足すればいいのに、「タダミセン」をただただ繰り返すのみ。「相模線ですか」と二楽師。
察しのいい客の通訳を得てようやく伝わる。「ああ、会津の只見線ですね。東武線あたりにまかりませんか」。

このツイートを連想した。

私もギリギリ、コーヒーを「ホット」で注文する文化は経験していて、違和感を持つ若者に対しても違和感はある。
だが、アップデートできていない年配者のほうが恥ずかしい。
若い人に伝わらなかったら言い方を変えないとね。
落語でおなじみ、ディスコミュニケーションの典型的事例が寄席で見られた。

只見線を、(会津なので)白虎隊が見ているという見事な図柄だった。
2枚しか注文受けなかったのは、この無益なやり取りのせいでは。
「立川談志」は、半分に折ってから制作。おなじみのイラスト風。

仲入りは桃月庵白酒師、かと思ったら代演で隅田川馬石師。番組、一応ちゃんと確認してから来るんだけども、開演後は忘れているのを好む私。
馬石師大好き。
この師匠も駒治師と同様、ご無沙汰しているとすればスタジオフォー四の日寄席に行っていないせいだ。ただ、馬石師はかろうじて春に、ここ鈴本で聴いている。

後ろ幕がいいですねと馬石師。
「のし」の書かれたこの落語協会の後ろ幕から噺を決めたみたい。鮑のしである。
子供の頃はずいぶん放送で出ていたように思うが、最近は「熊の皮」に押されてあまり掛からない気がする。「加賀の千代」よりまだ出番が少ない。
理由はなんとなくわかる。物語があまりにも平板だからだろう。
甚兵衛さんがあわびを突き返されて逆襲する後半まで行けば起伏が大きいのだが、そこだけはできない。
そして、トリの演目と思うとやや地味。
だがそんな平板な物語を穏やかに語る馬石師に、もうたまらない思い。

師の鮑のしは、コミュニケーション能力不全の、でも愛されている甚兵衛さんが、かみさん、魚屋、大家の3人となんとかコミュニケーションをつなぐという噺。
「のし」が主たる理由だろうけど、実は先ほどの紙切りから、コミュニケーション不全の噺を思いついたのかもしれない。

特にかみさんは、甚兵衛さんと大家のコミュニケーション成立にまで責任を負っているので、非常に難易度の高いタスク。
亭主の能力を的確に理解しているので、無理なアドバイスは決してしない。なんとか亭主が学べるレベルに落として伝える。
「うけたまわりますれば」は難易度が高すぎ、亭主には絶対にムリ。なので、サイレントで言えと。
「お嫁ご様」も非常に難しい。甚兵衛さんは「およよよよ」としか言えない。それでも、察してもらえと送り出す。

さらに馬石師ならではの要素が。
コミュニケーションを正しくつなぐのが目的なのだが、甚兵衛さんは言葉という、最重要アイテムが不完全にしか機能しない。
ではどうするか。表情でなんとかしようとする。
必死に表情で伝えようとする甚兵衛さんに爆笑。

なにしろコミュニケーションがつながらないので、時間がたっぷり掛かる。
ようやく「つなぎのほか」のためにあわびを持ってきたことを伝えて「お返しに1円ちょうだい」でサゲ。
あわびを返されたりはしないので、ますます平和でいい。

先ほど一之輔師が場内圧倒して去っていったばかり。その空気とも闘わなくてはならない。
しかし馬石師、ふわふわした空気を作り、客の別の部分を満足させてくれるのである。
しかし、振り返ると実はよく似ている。登場人物に徹底して迫るそのやり方が。
粗忽に迫るのも、コミュニケーション不全に迫るのも、人物に迫りぬく点では同じ。その見事な実践が続いたのでした。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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