上野広小路亭しのばず寄席4 その2(三遊亭兼好「粗忽の釘」)

しのばず寄席は、日本一演者の持ち時間が長い寄席だ(でっち定吉調べ)。
落語会の雰囲気もちょっとあるが、やっぱり寄席というところが魅力。
真打は30分の枠。かつてひどい真打に遭遇し、地獄の30分を過ごしたことがあるが、今日は大丈夫。
芸協主体だが、他派も混ざるしトリも取るのがしのばず寄席の大きな特徴。この日はいないが、東京演芸協会とか、珍しい団体も。
ただし聖地鈴本を抱える落語協会員は出演不可の不文律がある。落語協会員も、日本橋や両国には出ているので、永谷商事と関係が悪いわけではない。
芸協の前座さんにとっては、いろいろな師匠・先生に出会えるこの席は意味が大きいと思うのだ。

三遊亭兼好師登場。夜は日本橋劇場で独演会らしい。
わりと聴いてる気がしていたが、この師匠1年振りだった。
もっと聴こうと思う。
以前はこの師匠、円楽党一の売れっ子でありながら、意外とその魅力はジミハデなところにあったように思うのである。
だが最近、弾けて一段上のステージに上がったのではないかと。
他流試合が多いのがいいのでしょう。高座にとっておきの軽さと密やかな狂気がにじみ出ている気がする。

兼好師は、大好きな小室ネタから。今月、萬橘師からも聴いたばかり。
3度目で受かったというのが、いいんじゃないか。プレッシャーとか母親とか、いろんなしがらみをはねのけてと相変わらず毒混入。

ここから夫婦の話へ。
第一三共のエリートの人が、メタノールで妻を毒殺したニュース。
「第一さんきょう」といっても、さん喬の一番弟子じゃないですよ、それは喬太郎師匠ですだって。
えげつないニュースを、世間の夫婦と比較して面白解剖してしまう兼好師。
社内でも羨ましがられるカップルだったそうです。メタノールは、解剖しても見分けづらいんだそうですと妙に事件に詳しい。

今度は粗忽について。
電車を乗り過ごすオリジナル小噺、軽度から重度まで。
楽しい小噺を多数振る中で「お前の親父だ」も入れる。
親父の小噺はともかく、なにしゃべってもウケる。

夫婦と粗忽について振った後で出てくるのは、粗忽の釘。
つい4日前に、一番弟子の兼太郎さんから粗忽の釘を聴いたばかり。
兼太郎さんのものは明らかに師匠から来ている。比較できて面白かった。
そしてもちろん、師匠のほうが圧倒的に面白い。
弟子は離れなきゃいけないからしんどいね。

§
(追記)
弟子の兼太郎さんと比較してしまったが、兼太郎さんの演目は「雛鍔」だった。あれ?
改めて自分の記事をよく見たら、粗忽の釘を掛けたのは、2週間前の萬丸さんでした。弟子ではない。
失礼しました。まさに粗忽の極致。
すみませんが、「弟子」とあるのを読み替えてください。
§

亭主が箪笥を背負ってさまようエピソードが長めなのは一緒。やっと着いたのに、箪笥を背負ったままかみさんに顛末をノンストップで話す亭主。
犬の喧嘩を応援して、かみつかれそうになり、ひっくり返って黄金虫。
蕎麦屋の屋台とすれ違い損ない、蕎麦屋が豆腐屋に飛び込んで大騒動。
蜘蛛を殺そうとして、釘を打ち込むのも一緒。

違うのは、かみさんが目だけで亭主を動かす部分。
説明が入らず顔だけで笑わせる。
なにせ私の前の客がずっと前のめりで聴いているため、演者の表情を追うのが大変だが。

弟子のものと違って、向かいの家には行く。この一般的なくだり、やはり爆笑。
かみさんのところへは戻らず、そのまま隣家へ。
一服して落ち着いてから、かみさんとのなれそめ。

弟子の釘は、阿弥陀さまの喉から出ていて、師匠の釘は脳天から出ている。こんなところ違うんだ。
向かいの亭主も、被害者である隣の亭主も、新居にたどり着けず夕陽に泣いていた八っつぁんの顔に見覚えがあるのが楽しい。

ところで。
一昨日の私の怒りに関してだが、↑こういうこと書くのが気に入らないっていう人がいるんだ。
なんで?
私が兼好師に、どんな迷惑掛けている?
私がクスグリについて、自分自身の感想としていろいろ書き記すと、営業妨害になる?
兼好師がいかにすばらしいか、事例を挙げて書いているのだが?
マクラは詳細に書きすぎると、営業妨害以前に野暮になると思う向きも確かにあるだろうが。
勝手なルールをさも当然のように他人に強いる、思考停止の脳ミソ。

話を戻す。
兼好師の充実っぷりがどこに現れるか。
ハイパー粗忽の八っつぁん、その粗忽振りが一貫している。
落語の展開のために、毎回ボケ直しているのではないのだ。
筋の通った粗忽振りが、まわりをカオスに変えていく。
これだって、やり過ぎると「おかしな男に迷惑掛けられっぱなしの近隣住民の噺」になりかねないから難しい。
兼好師の八っつぁんなら、みんな大好き。
気持ちいい一席でした。落語研究会に出そう。

ねづっち、鯉昇師に続きます。

 

作成者: でっち定吉

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