ざま昼席落語会2(下・林家正雀「万両婿」)

帰宅後、テレビでやってた菊之丞夢金を再度観たが、これは明らかに雲助師から来ている。
ただサゲの所作は大きく異なる。菊之丞師に教えたあとで、雲助師がまた変えたんだろうと思う。

仲入り休憩後はまた雲助師から。
道で金銀を拾う男。ありがてえとおしいただくと顔から取れなくなってしまう。
将棋好きの男が鼻の頭に桂馬を張ると取れる。珍しい小噺。
そこから落ちてるものを拾う商売、地見屋へ。
すでにこれは本編の一部分だ。かつて落語研究会で出していた珍品、「身投げ屋」である。
2席目の雲助師はごく軽い噺。

身投げ屋という噺、珍品だが好きなもので、当ブログでも何度か取り上げている。雲助師から聴けて、実に嬉しい。
この噺は雲助師が本家だろう。
元々は柳家金語楼作の新作落語だが、完全に古典落語の文法で書かれている噺。
珍品は珍しいだけの噺が多いのだが、身投げ屋に関していえば、そんなことはない。

「元手の掛からない商売」として、身投げ屋を教わる気楽な男。早速両国橋でやってみる。
人が来たら飛び込もうとして、いくばくかめぐんでもらうのだ。ただ相手がいくら持ってるかを見極めるのが難しい。
最初は金持ちが助けてくれ、大金100円をせしめる。
調子に乗って次をやると、ひどいなりをした貧乏人が助けてくれる。ほぼ一文なしのこやつからは、市電の回数券をもらう。もっとも入鋏済。
親子がやってきたので3人目に掛かろうとするが、なんと親子のほうが飛び込もうとしているので、やむなく100円やる羽目になる。

古典落語の要素を圧縮し、全編に詰めている贅沢な噺。
初めて聴く人でもサゲはわかると思うのだが、でも気が利いている。
親子の親父のほうは、目が見えないらしい。この所作が、客席からわかるのがすごい。
落語において按摩等、盲人の所作というものは確立しているのだが、これは目をつぶってしまえばよい。そういうやり方ではない。
軽く上を向き、目をトロンとさせて焦点を合わなくすると、目が(あまりよく)見えないらしい所作になる。
「らしい」が落語は一番大事なのだ。
もっとも目が悪いのは「設定」なので、最後この親父が目を見開いてサゲを言う。
思い出しても楽しさが湧いてくる。コレクションから引っ張り出してまた聴いてみる。
珍品好きの多い柳家花緑一門の人はやらないかな。

トリは正雀師。今度はこの人が大ネタ出す出番だ。
古本好きの正雀師、西武デパートの古本市に出向くと、昔のホーロー看板も売っていた。
オロナイン軟膏の看板。商品を持ってにっこりしているのは浪花千栄子。
買わなかったが8万円程度だったという。
ここから、浪花千栄子の話になる。
ラジオドラマ「お父さんはお人好し」なら、そういうものがあったことぐらいは私も知っている。
私は浪花千栄子なんて嫌いなのだがと言いながら、昔の映画やドラマの話が延々続く。客席のお年寄りには、出てくる役者にうんうんとうなづく人も。
リアルに知らない時代の話なのに、やたらと面白かった。
浪花千栄子がオロナインの広告に出ていたのは、本名が「なんこうきくの」だったからだという。Wikipediaにも書いてあって、本当らしい。

楽しいマクラと特に関係のない、小間物屋政談へ。
正雀師は終えてから「万両婿でした」と語っていたのでそちらのタイトルにしておく。
わりと珍しめだが、正雀師のこの噺、5年前に昭和大学名人会で聴いたことがある。他の人も含め、それ以来だ。
自分の書いたものを読み返すと、無料の客がざわざわしていたと書いてある。どう聴いていいのかわからなかったのだろう。
もちろんざま昼席落語会は、客のほうも精鋭が揃っているので問題なし。

旅先で人助けをしたが、誤解と偶然により、死んだと思われた男。大家が強く勧めるので江戸に残ったかみさんは再婚してしまう。
そこへ上方から死んだはずの亭主が返ってきて大混乱。最後は大岡越前守に裁定がゆだねられる。
最後は、本当に死んだ大店・若狭家の旦那に変わって、美人の後家付きで後釜に収まるハッピーエンド。

ストーリーは面白いが、それよりも全編楽しさに満ちている。力を持った噺だ。
ことさらに噺の上げ下げを試みない正雀師のためにあるような一品。
「人に親切にしたのにひどい目に遭うが、でももっといい結末」という点からすると教訓噺にも思えるのだが、そんなムードはなく、どこから切り取ってもやはり落語。
爆笑の噺でも、人情噺でもない領域にも落語はあまねく存在している。そんな例。
そういえば佐藤雅美の「居眠り紋蔵」シリーズに、この噺を下敷きにした作品があった。

正雀師は最後、おなじみ「松づくし」を踊る。
遠征した甲斐のある、大満足の落語会でした。

帰りは最寄り駅の相武台前に向かうが、橋の下の谷を散策してみる。すごい光景。
やはり谷の「かにがさわ公園」を通り、駅の裏口に向かう。
この付近、まだまだ楽しい散歩道がありそうで、また来ようと思います。

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作成者: でっち定吉

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