神田連雀亭ワンコイン寄席44(下・春風亭一花「願いましては」)

NHK新人落語大賞の速報で1日空きました。

一花さんの噺、時代もの新作の演題がわかった。
「願いましては」だそうで。劇中で欠かせないそろばんから来ている。
井上新五郎正隆作「擬古典落語」のひとつだそうで。
作家さんの作品だということは、聴きながら確信していた。噺家が作るものとはスタイルが相当に違う。
擬古典落語は、古典落語を増やす試みだ。
先代夢丸も力を入れていた。小佐田貞雄先生もよくこしらえている。
「ぷるぷる」は擬古典落語かな? 違うな。

とは言うものの、古典落語なのかと錯覚する瞬間はまったくなかった。
噺の文法が違うのである。出来不出来の問題ではないし、実際実に楽しい噺でありました。
「試し酒」とか、先日雲助師で聴いた「身投げ屋」などは、新作でも文法が完全に古典落語。
しかし作家が書いた作品の文法は、古典設定でも新作落語のものだ。
それでいいと思うんですけどね。
作家が作るとなると、ストーリー重視となる。
本物の古典落語は、意外とストーリーがちゃんとしていない。ちゃんとしていないものを意図的に作るのは難しい。
ちなみに、噺家さんの作った新作落語も、古典落語の影響で意外とストーリーはちゃんとしていない。

作家さんはもちろん落語として作っているのだが、不思議なことに私の耳には講談として入ってきた。
登場人物がその正体を明かすあたりが、形式面においてとても講談っぽい。
私はかつて一花さんを評し、「講談やったら上手そう」と書いたのだ。
その一花さんが講談っぽい作品を語って、しかもそれがしっくり来ていて、とても嬉しいのだった。

一花さんはさがみはらを獲っている実力派の噺家だが、なんなら講談に転向してもらっても私は全然いいですけどね。
ストーリーを持ったおはなしを語る能力が著しく高いので、講談は向いている。天下取れると思うんだが。
女流講談は隆盛だが、「わざわざ地のギャグを入れている」感が漂うこともなくはない。
客へのサービスが、サービスにならない例が見受けられる。一花さんならここが完璧で、必然性のある脱線を描けるわけだ。

別に、10年前にはごく普通に世間にあった、「女性は落語より講談が向いている」なんて偏見とは全然関係ないですよ。
釈台を前に置き、張り扇を握る一花さんが本気で聴きたくなったが、叶わなくてもまあ、今回みたいな講談ふうの噺で今後も楽しませてもらおう。

「願いましては」は落語史上初、「糊やのババア」をフィーチャーした作品。
NHKを獲った吉笑さんの弟弟子、笑二さんが、「つる」でもって「小間物屋のみいちゃん」を実際の登場人物として出してきたのを思い出した。
落語にはこんな、遠景だけ取り上げられる人物がいるもので、それを前面に出す試み。

一花さん、本編に入る前に「糊やのババア」について説明。
私もこの業界に入る前は、「海苔や」だと思ってましたと。そうではなく、洗濯糊を張る、キーピングの仕事なんです。
米の余りを炊いて糊を作ります。
未亡人などがやっていて、過当競争を避けるため、長屋には1人か2人と決まってました。

かつて伊勢屋の跡取りだった若旦那の徳次郎。女好きが講じて勘当され、長屋で手習いを教えている。
月謝を取らないので、貧乏長屋のおかみさんからは深く感謝されている。そのかわり芋をもらったり。
徳次郎、子供好きというわけではなく、長屋のかみさん連中が大好きなのだった。手を出したりはせず、眺めているのが大好き。

こうした背景が、茶を淹れてくれる糊やのババアとの会話で明らかになっていく。

こう見えて徳次郎、仕事はできる。
伊勢屋の分店を2年で立て直した実績があるのだ。
それを見込まれる。落語でおなじみ、赤井御門守のところからお武家様がやってきて、徳次郎に、当家を立て直して欲しいと依頼する。侍にならないか。

しかし上手い話には裏がある。
糊やのババアは長屋で暮らしているが、実は世を忍ぶ仮の姿。

実は設定がきちんとした、固い噺なのである。
クスグリを入れて楽しくしてあるが、骨格は固い。
一花さん、クスグリを楽しく語りつつ、固い骨格を固く語れるのであった。
一花さんもすばらしいが、作家さん、新作講談にも適性があるのでは。

子供たちの名前に、貫いち、いっ休、美馬などが出てきていた。実にさりげない。

なかなかない世界に浸ることができた。
作家さんの筆と、語り手の力量がマッチした、素晴らしい例である。
池袋の新作まつりで、マッチしていない例もいくつか聴いたが、今回は文句ない。

今回も楽しい連雀亭でした。
なにしろ、満足しすぎてこの後、亀戸へ兼好師を聴くにいくのをやめたんだから。

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作成者: でっち定吉

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