柳家蝠丸「さじ加減」日本の話芸から

絶賛ブレイク中の68歳超ベテラン、柳家蝠丸師が二度目の「日本の話芸」登場である。
数年前から寄席のトリが増えるなどブレイクの萌芽のあった師匠であるが、TBS落語研究会にも登場して、ややメディアジャックの気配。
あとは「演芸図鑑」に出れば完璧だが、いずれ登場するでしょう。

おじさん漫才師・錦鯉のブレイクなど奇跡とされるが、落語界においては超ベテラン師匠の躍進もしばしば見受けられるのであった。
そういう点では夢のある世界である。もちろん、若いうちから素質を見出されていないとダメだけど。

とはいえ一般の落語ファンの認識より、メディアの発見のほうがまだまだ先行しているみたい。
その証拠に、「柳家蝠丸」だけで検索すると、前のほうに私の記事が出る。
ちなみに「蝠」の字は「蝙蝠(こうもり)」で変換すると出せます。
落語芸術協会で唯一柳家を名乗る一門であるが、この名は三代目小さんから出ている。
初代柳家蝠丸は、当代の師匠、先代桂文治の父。

蝠丸師は、寄席でもどこでも珍品しかやらない人である。
いつ行っても、変わった演目を出してくださる。
ただ演目以上にその中身が変わっているという。

今回は「さじ加減」。この師匠しかやらないような噺ではないが、そこそこ珍品の人情噺。
表記の揺れがあるので気を付けられたい。つまり「匙加減」「匙かげん」などとも書く。
今回の「さじ加減」の表記がいちばんさじ加減がいい気がします。
前回の田能久は圓窓から教わったということだったので、この噺もきっとそうだと思う。

冒頭インタビューで、おしまいに遊びを入れてますと蝠丸師。
井戸の茶碗を取り込んでいるのであるが、普通のファンならわかる程度。
わかった人は重症なんて言う師匠であるが、なに、リップサービスである。

珍品専門の蝠丸師、やる演目が入船亭扇辰師と共通している。
高座のスタイルは著しく違うのだが、どこか感性が近しいようで。
さじ加減も、今まではTVでよく掛ける扇辰師のイメージを持っていた。他に歌奴師からも聴いたが。
扇辰師はカッコいい江戸っ子とお奉行さまを描くが、蝠丸師はとにかくふわふわした世界の構築に注力する。

前半ばっさりカットしていたので驚いた。
医者の若先生に捨てられたと思った芸者のおなみが、精神の病を発症し、髪の毛も抜け上がって見るも無惨な姿になってしまうという部分が本来あるのである。
責任を感じ、会話さえままならなくなった女を甲斐甲斐しく世話してもとの人間に戻すわけだ。
この、比較的地味な噺における、かなり重要に思われるシーンをカットする、すごい編集。
言われてみれば、なくてもいい。だがびっくり。

蝠丸師の高座の魅力はなにか。
マクラで客の総体に向けて語っているこの師匠、客との扉は開け放したまま、噺に入ると高座に閉じこもってしまう。
落語の登場人物の楽しい会話も、高座の上で完結させ、外に出さない。
客は楽しい高座に、能動的に身を乗り出して参加する。
客自身のテリトリーを侵食されることなく、すべてを自ら望んで手にすることができるのである。押し付けと真逆の高座。

そこまでは、目標として他の噺家にもしばしば見受けられる。
だが、ときとして絶妙のタイミングで、戸が開いていることを確認させてくれる蝠丸師。
若先生と、松本屋双方から3両せしめる加納屋について、「ひどい奴があったもんで」となんでもないこの一言に、開いた戸の確認行為を感じたのである。

なにしろ地味な人情噺であるから、クスグリ(ギャグ)も必要不可欠。
ギャグを必要な最小限、実に適切に使う師匠。
お白州のシーンでも、加藤剛そっくりの大岡さまが、電卓を叩いていたりする。
ギャグが噺を壊すその前に、「先ほどのコントみたいなお裁きはなんでしょう」と被せて、全部冗談にしてしまう。
若手がこういうことをすると、しばしば演者だけ喜んでいて、高座がぶっ壊れる。
ベテランが壊さないのは、目的がギャグにないからだろう。
蝠丸師は、あくまでもふわふわした楽しい世界の構築を心がけているのである。
だから、ひとつのギャグにこだわらず、平気で差し替えられると思う。

さじ加減は、「事務管理」という法律概念を使っている点で貴重な噺である。
医者の若先生が証文なくおなみを引き受けたのは事実だが、先生は他人の所有物について義務なく費用と手間を掛けてこれを治したのであり、その対価を求める権利があるわけだ。
法学部でもこの噺を題材にして欲しいものである。
少々インチキくさいが法外な薬代を支払わない限り、権利(おなみの取り返し)の行使は認めないわけである。
もっとも、証文を使った権利主張自体インチキなのであり、そこは見事な大岡裁き。

しかし、TVだから何度も録画を観られるが、さじ加減という噺を知らない人(普通だ)が高座で出くわしたとして、中身は覚えて帰れないんじゃないかな。
でもいいんだ。なんだかわからないけど楽しい思い出だけ持って帰ると思う。
楽しさを確認しにまた聴きにいけばいい。もうあなたも蝠丸フリーク。

寄席のトリも楽しみだが、もっと独演会などやって欲しい師匠だ。
「ばばん場」とか出ないかしら。

作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. いつも楽しく拝読させていただいております。

    事務官理→事務管理ではないかと。

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