柳家小ふね独演会「小ふねのみなと」(下・らくだ)

小ふねさん、2席目は登壇して頭を下げず、いきなり話し出す。
3席目もそう。
冒頭で挨拶済んでるからもういいやということらしいんだけども、本当に変わった人。
いっ休さんの話を引いて言う。親はこの中にはいません。今日はらくだやらなきゃいけないんで、あんまり見せられません。追い返しました。
まあ、ウソでしょう。

ネタ出しの「らくだ」。
まったくイメージが湧かない。いったいどんならくだだろう。
始まってみると、前座噺と方法論が一切変わらなかった。
つまり、ストーリー自体は脱線せずにちゃんと語る。
そして、クスグリで徹底的に遊ぶ。実のところこちらが主なのに、ついでのように。
もうひとつ、前座噺との共通項を見つけた。
小ふねさんは、古典落語の登場人物ひとりにスポットライトを当てる。脇役は、すべて主役を目立たせる役割を果たす。
まあ、一般的にそういうものだといえばそうなのだが、この主従の構図に明確な意図を感じるのである。

牛ほめの主役与太郎は、らくだのくず屋にそのままスライドする。
くず屋に焦点を当て、あとはできる限りばっさばっさとカットしてしまう。
冒頭いきなりらくだの死骸と兄貴分のシーン。兄貴の名前は出ない。
大家の家には、最初からかんかんのうの脅し込みで行くし、八百屋で菜漬けの樽を借りてくるくだりはくず屋の事後報告だけ。
そして過去、くず屋がらくだにひどい目に遭ったエピソードもまったく具体性なし。
世界一、骨格自体はシンプルならくだ。
その割には、30分ぐらいはあったか、極端に短いわけでもないのは不思議だ。

くず屋は、らくだの兄貴分があまりにも怖すぎるので、ものを一切考えるのをやめ、自分が伝書鳩だと思うことにする。
伝書鳩として大家に(棒読みで)伝言をし、伝書鳩として大家の拒絶を棒読みで兄貴分に伝える。クルッポン。
クルッポンがハイライト。なんだそりゃ。

くず屋の心象風景にはとことん立ち入らない。そんな七面倒な文学的描写には一切興味がないらしい。
とにかくたまらなく面白い。

相変わらず会話は、どんなシーンでもとことん爆笑。
酒を勧められて、酔っ払っていくくず屋も実に面白い。
ふぐ食ってふぐ死んだなんてギャグは不要。
すでに書いたがもう一度言う。全部が軽いので、クスグリが多くても噺が重くなったりはしないのだ。
そんな先輩、桃太郎師匠ぐらいしかいないので、よくたどり着いたものだとつくづく感心する。

らくだという噺は、誰から聴く際でも、暴力性をどう緩和しているか、どう暴力性をギャグにすり替えているかが気になる。
現代では、暴力性は非常に薄まってきた。「怖い」を記号として語る落語が増えているのは時代の流れであろう。
だが、らくだの一般的傾向に思いを馳せるのがアホらしくなる小ふねさんのらくだ。
暴力も、暴力に対する反応も、死骸踊りの恐ろしさに腰を抜かす町人もすべて記号だ。

すごい人だ。
この方法論で、どんな大ネタも語れそう。
大ネタを360度じろじろ観察しているうちに、突破口を見出すのだろう。
手前味噌で申しわけないが、私が仕事で手掛けている「スカッと」系のネタにギャグを加える際も、こんな方法論だ。おこがましいけど。
元の原稿をじっくり観察し、展開自体から引いたギャグの入る場所を見つけ、本筋に沿ったギャグを入れ込んでいくのだ。

午後2時スタートの落語会、3時でらくだがハネて仲入り。
なんだか、やたら満足してしまい、これで終わってもいいやなんてちょっと思った。
1時間で2,000円では高すぎるけども、でも本当にそう思ったのだった。
仲入り後は、満足しきったおまけ。

ぼんやり聴いている人(悪いことではない)は、小ふねさんのこの会、ゲラゲラ笑い、だが後で、なんで笑ったのか思い出せないかもしれないな。

粗忽長屋もまた、極力シーンを省いてしまう。
熊の隣をどんどん叩かないし、熊の昨晩の模様も深掘りしない。
死骸を抱えて感慨深げに嘆いたりしない。
多くの演者が注力する、「死骸の当人を連れてくる。そんなヤツいないよ」に説得力を与える部分を、小ふねさんは放棄している。
客が脱落していかないからこんな芸当ができる。
いや、独自のスタイルにすでに脱落する人はいるかもしれないが。

そもそも、死人が出てくる時点でらくだとツいている。
だが、わざとなのだ。
らくだで繰り返し出てきた「(らくだが死んだのを)お前がやったのか」というクスグリを、粗忽長屋でも使ってくる。
そして、噺がツいた説明はしない。

二ツ目成り立てでも、本当にすごい人がいます。
小ふねさんの会だけ行く人も結構いそうな気がするけど、それはやめたほうがよさそう。
小はぜ、小もんといったいかにも柳家の二ツ目さんも聴いたうえで、小ふねさんを聴くとより味わいが増します、きっと。

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作成者: でっち定吉

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