仲入りは柳家甚語楼師。2016年以来と大変なご無沙汰。
実力派で、鈴本の主任だって取る。決して嫌いな人ではない。
この日も目当てのひとり。まあ、全員目当てだけど。
黒門亭のおかげで、こうした実力者を聴く機会が生まれる。
花見の話。噺家仲間は、平日に花見ができるので席取りなどいらない。
仲間で集まったが、結局昼間に花を堪能し過ぎ、早くから開いてる居酒屋で一杯やったとか。
長屋の花見である。
店賃のくだりは、特に膨らませずに先を行く。
なんだか、あまり聴いたことのない型で、とても新鮮。
展開は同じなのだが、クスグリの入れ方が違う。
柳家で聴くものとも違うので、大部分ご自身で作っているのでは?
こんな一席。
- 長屋の兄貴分は最後まで怒り気味
- 大家のパワハラ気配は薄い
- みながうんざりしているようで、以外と楽しんでもいる
あれ。これだけでは、長屋の花見という噺の特徴とほぼイコールで、違いがわからないですね。
クスグリがわりと誰のでも同じ噺だと思うのだが、私の脳内テキストにあるものと使い方が違う。
次にこのクスグリが来るな、と思って待っていると、ことごとく違うのだ。
違うが、とことんさりげない。
大胆に違うのではなく、使い方が違うというささやかなズレが気持ちいい。
それがまた、長屋の花見という名作を浮かび上がらせるのだ。
使い古されたクスグリだけでさらさら進める演者もいるが、甚語楼師の語りは、そんなふうでありながらオリジナリティ満載。
仲入り後は台所おさん師匠。いつもの怪しい笑顔。
この人は、らくごカフェの一門会でよく聴いている。
実に面白い人だが、落語自体は意外なほどスタンダードに近い。
よく考えたら、この人を最初に聴いたのも黒門亭だった。それで好きになったのだ。
地元の福岡で、師匠・花緑と親子会をやった。
おさん師のお母さんがあいさつに来て、師匠に長々と話をする。この子は昔からこれこれこうなんでと。
親からすると、50過ぎててもいまだに息子なんですねと、他人事みたいに語るおさん師。
しかし、この子をよろしくと親に頼まれた師匠のほうがおさん師より年下なんだから、それを思うと笑ってしまう。
強烈に楽しいマクラも多い人だが、さっさと本編へ。
親子の噺でいったいなんだと思うと、花見小僧。
長屋の花見と若干ツいてる気がするけれど。
花見小僧は、花見の場面は小僧・定吉の回想なので、理屈を言えば年中できるはず。でもやはり花の季節の華やかな噺。
やはりおさん師、びっくりするほどスタンダード。
この噺、普通にやって面白いのだと再認識。
定吉はお嬢さんのおせつに義理がある。徳三郎には義理はないが、でも全部好んで主人に語りたいわけでもない。
そのあたりの心理的攻防をいくらでも深掘りはできるのだろうが、あえてしない感じ。
普通にやって楽しいというのは、おさん師の才能だと思うのだ。
「このあと、『刀屋』という噺になります。花見小僧よりも、刀屋をやる人のほうが多いですね。花見小僧は少ないです。刀屋はYou Tubeにいっぱい出てますので、よかったらそちらで続きをどうぞ」
という、まさかの「続きはYou Tubeでオチ」。
トリは柳家さん遊師。
小燕枝時代に黒門亭でずいぶん聴いている。外れ知らずの師匠。
ただ、最後に聴いた国立は、コロナ真っ最中の3年前。
ネタ出し「三人旅」は、比較的珍しい。柳家小もんさんから続けて聴いたぐらい。
オムニバス落語だが、ごく普通には箱根超えの「びっこ馬」を指す。
短くしようと思えばなりそうな噺だが、旅のマクラ以外にほぼ振らず、本編へ。
そんなわけでたっぷりサイズなのに、内容が本当にまったくない噺。
中身のない噺なのに、とてつもなく面白い。落語ってすごい。
若い小もんさんもいいのだが、超ベテランのさん遊師に掛かると、のんびりした田舎の情景から会話の楽しさが噴き出てくるのだった。
日本の話芸で取り上げて欲しい。
三人旅のストーリー。
「野糞」から始まり、目の前にそびえる箱根の山をどう越えよう、馬に乗ろう。掛け合って安く乗ろうとして失敗し、実際に乗る。以上。サゲは特にない。
本当に会話だけ。
「クスグリだけの噺」と言ってもいいのだが、ちょっと違う。やはり、人物が楽しい。
もっとも、三人旅のうち多少個性が描かれるのはひとりだけ。残りのふたりは、はねっかえりの江戸の若者というだけ。
会話も、ほぼ不毛。
箱根の山超え、八里ってどうやって計ったんだ。そんな長い物差しはないだろう。
短い物差ししかなくたって、計ってそろばんで寄せれば数字が出るもんだ。
なら訊くが、山の目方はどのぐらいあるんだ。
山の目方だって、少しずつ量ってそろばんで寄せれば数字が出るだろう。
こんなウィットに富んでるのかそうでもないのかわからない話をただ楽しむ。生産性がないにもほどがある。
こんな三人旅にも唯一、スリルに満ちたシーンがある。
びっこ馬に乗せられた男を、馬子が脅かす。この馬めったに悪さはしないが、たまに驚いて仁王立ちになることがある。
首にしがみついた旅人と一緒に谷底に落ちたが、馬は大事だから引き上げた。旅人はどうなったかな。
なんのことはなくて、馬子が旅人を楽しませ、酒手をせびるためのホラ(おどけ)である。
あまり掛からないのはストーリーがなさすぎるためだと思うが、若い噺家も覚えて損はないと思う。
会話だけでウケさせる呼吸が学べると思うのだ。
柳家の3人の真打を駆け足で観てきたが、3年ぶりの黒門亭、実に楽しいものでした。
大満足。
明日は拝鈍亭の圓太郎師に続きます。