両国寄席9(下・三遊亭兼好「錦の袈裟」)

続いて超ベテランの三遊亭楽之介師。
ネタは「初音の鼓」。円楽党でもやる人がいるんだ。
この噺はもう、柳家喬太郎師のもの。あと落語研究会で、立川晴の輔師が掛けていた覚えが。
本寸法の初音の鼓は、地味な噺でした。
地味はいいのだが、多くを占めるであろう初めて聴く人が、ストーリーをちゃんと追えたのかちょっと気になる。

仲入りは三遊亭楽松師。
電チャリとはいえ、国立演芸場付近からレンタバイクで来たため、ここで眠気に襲われる。熟睡。
一度聴いたことのある鹿政談。サゲまで目が覚めなかった。
熟睡なのに、このあたりから斜め前の振り返り男が、それまで以上にやたら気になりだす。
私は、落語で出逢った災難は積極的に楽しもうと決意している。船徳の客のように。
しかし、今回の振り返り男に楽しむ点などかけらもないな。

クイツキもベテランで、三遊亭栄楽師。
4年振りにお見掛けするちょんまげの師匠。
クイツキ、というよりヒザ前という位置づけなのだろう。前座噺で、たらちね。
なかなか楽しい一席。
言葉の乱暴な八っつぁんが魅力的だ。八っつぁん自分のことを、「ざっかけねえ」と自己紹介。
久々に聴く、いい言葉。

八っつぁんとお嫁さんが同衾するくだりがぼんやり描写される。
昔のたらちねはこうだったと聴いたことがある。別にエロさはない。
夜中にお嫁さんが八っつぁんに向かって「一旦偕老同穴の契りを」のくだりを述べている。
それから改めてひと晩過ごしてから、朝になって「あーら我が君」となる。
古い形なのに、サゲはお嫁さんの名前「千代女」にこじつけた強引なサゲで、ずっこけた。面白いけどね。

両国の場合、色物さんの登場前に高座を片付ける。前座の楽太さんとけろよんさんが二人で高座を片付け、また戻す。
マジックはダーク広春という人。マジックはいいが、なんだか滑舌の悪い芸人さんだ。
この日は滑舌の悪い色物さんをふたりお見掛けした次第。本業の技能は別にいいのだけど。

早くもトリの三遊亭兼好師。
ご案内のとおり、兼好師を聴くには変な環境では辛い。
積極的に客が高座に参加しないといけない。
振り返り男の振り返り頻度が上がり、最悪であった。

また、錦の袈裟というのは、私が最近「いただき論」を展開するにあたり大きく着目している噺。
サゲよりもその前に、価値観の逆転シーンがある。落語の構造を考える、モデルケースになる演目なのだ。
なんだか知らないがポ~ッとした与太郎が、殿さまにまつり上げられてしまう。
そんなに掛かる頻度が高い噺でもない。せっかく聴けたのに、ますます残念。
兼好師がまったく弾まずさらさら「この輪なし野郎」と言い放つあたり、最高なんだけどな。
若い衆たちが与太郎の床を覗きに来て、「控えおろう」と言われる前に、「甘納豆は食べない!」というメタギャグをかます。

振り返り男、カネ返せ。1,200円しか払ってないけど。
そういえば5月から定価1,500円の両国寄席、300円値上げするんだとらっ好さんが言ってた。

一生懸命振り返ると、兼好師の高座は楽しさの塊。
マクラから楽しい。
近所の公園に変質者っぽい男が現れ、子供の親は心配している。
男は、大きなカバンに手を突っ込んでなにやらしている。
兼好師が奥さんにその話をしぐさ付でしたら、「え? 左利き?」。

マクラからして価値観の逆転を物語っている。
錦の袈裟は、弟弟子の好の助師から聴いたことがある。
5年前、息子を連れていった両国で。息子は小学生だったのに、廓噺を掛けていた。
若い衆たちが与太郎を仲間外れにせず、「あのかみさんがなんとかするよ」という設定にいたく感激した。
兼好師のものも、出どころ同じらしく骨格が一緒。
かみさんのエピソードが二三入る。

それにしても兼好師、お寺のあたりなど実にさらさら進むため、客が余計な要素に気を取られていると、すぐダメになる。
若い衆たちの振られたエピソードも同様。すべてがギリギリまで削り取られているその絶妙性。
ムダの多い高座なら、たぶん邪魔が入っても付いていけていた。その分、この師匠の偉大さを具体的に再認識はしたが。

あー、もう1回錦の袈裟をまともな環境で聴きたい。

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作成者: でっち定吉

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