橘家圓太郎「親子酒」

ブログのネタが切れたらテレビの落語を。
浅草お茶の間寄席の録画を遡って確認していたら、橘家圓太郎師の「親子酒」があった。
浅草演芸ホールの14分の高座。
TVK(キー局の千葉テレビより遅れる)で2月19日に流れたもの。

相変わらず落語協会のほうでは、浅草お茶の間寄席の出演者は柳家わさび師ばかり。いや、好きな人だけども、なんでこんなに偏ってるの?
芸術協会のほうは、昔昔亭A太郎師ばかり。この人は毎回撮影会を催してるから目立つというのもあるが。
圓太郎師みたいなベテランもたまにはよろしく。
といっても、この一門(先代正蔵系)もそれほどは見ないな。百栄、三朝ぐらいか。

親子酒は、寄席でもよく掛かる噺。
お酒の噺では、替り目よりは少ないが、大ネタの禁酒番屋や試し酒よりは多く掛かるという体感だ。
正直、そんなに好きなほうの噺ではない。
私も酒飲みの端くれだ。酔ってグダグダな親子を描く世界自体は嫌いではない。
だが、わりと飽きやすい。私にとっては「大人の転失気」みたいなイメージ。
噺の構造がどうしても、よくできたサゲに向かって一直線になるのを避けられない。演者ももちろん、道中の酔いの進行を工夫しているのだけど。
いつもの親子酒と大きく違ったのは、三遊亭好楽師のものぐらいだ。

工夫を懸命に入れても、なお大同小異なのが親子酒。
この点、圓太郎師は全編に渡って面白い。
「人情」を漂わせようとすれば可能な噺だが、注力しない。
終盤はできるだけ刈り込み、大旦那がおかみさんに酒をねだるくだりをフィーチャーする。
ここが多分、他の演者と比べても一番長い。長いが決してダレない。

マクラでは、「親が酒に強くなければ子供も強くない」。
寄席の楽屋でも同じ。お父さんが落語が下手なら、子供も下手。
客は笑ってるけど、よく考えたら「親子揃って落語がヘタ」ってどの親子のことだ。いいけど。

親父の若いころの酒の失敗を、まさにリアルタイムで息子が実践している。
親子で禁酒の約束をするが、親父はおかげでなにもすることがない。
息子に仕事の指示はしたくないのだ。自分がその親父にいろいろ言われるのがイヤだったから。
こんな商家の大旦那を、地のセリフだけで、ギャグも入れずに語り切る。

圓太郎師のセリフ回しがもともと常に冗談めいているのがまず大きい。
語る中身のほうも、「息子に口を出したくない」大旦那の感性を一瞬で語り切っている。
客に、ある種の年配の親父像が頭に浮かぶ。錯覚に過ぎないのだけども。

圓太郎師の独特の口調は、すべての登場人物から生々しさを奪い、マンガのキャラのように純化してみせる。
世界をふんわり抱きかかえている感じだ。
これが二ツ目さんには真似できない。
特に誰、というのではないが、リアルっぽい口調で親子酒を語る二ツ目さんが脳裏に浮かぶ。
演技力があれば描けるかというと、必ずしもそうでもない。
落語とは、話芸とはとにかく難しいものである。
真のリアリティを描くためにはリアルから離れることも必要なのだった。

ある程度のベテランであったとしても、すんなり運べるとは限らない。
大旦那は徐々に酔っ払っていく。そして酔っ払うのを先取りしている部分があるから、まだ描きやすい。
ところがおかみさんのほうは飲んでいないのだから、堅物のキャラになりがち。
旦那の謎を交わす際も、堅物として交わしていく。堅物だからこそ酔っ払いとの対比が描けるのも、事実ではあるが。
この点圓太郎師の口調だと、素面のかみさんも酔っ払っているようなムードになる。
最初から全力漫才が描けるわけだ。

おなじみのくず湯、とんがらしの湯から、大旦那の謎はまだ続く。
「クラクラーッと来て、布団の上に倒れちまう。そういう思いがしてみたいよ」
「じゃあハンマーで殴りましょうか」
「・・・死んじゃうでしょ」

「栄養満点滋養にいい、明日への活力になる、そういうものがあるでしょ」
「ヤクルト?」

亡くなった柳家小はん師が「目と目の間を金づちでひっぱたきましょうか」と入れてたのを思い出した。
これだって、かみさんがマジだったら客が引くわけで、簡単ではないのだった。

「あなたは男でしょ」(1本ぐらい辛抱できるでしょ)とかみさんにたしなめられた大旦那、「あなたは女でしょ」と反撃する。
男に従ってればいいの。女なんてものは虫けら同様。
ここまで振っておいて、「時代が変わりましたすみません」と客に向かって頭を下げる大旦那。
おかみさんにもしっかり詫びる。

客を一瞬緊張させておいて、どっと緩和させる高度なワザ。
これによって、「いくら古典落語とはいえ、亭主の世話を全部おかみさんにやかせるのはいかがなものか」という客の感性も全部救うのだ。
先日、マクラでもって圓太郎師、前座時代の桃花師にセクハラ発言をしたことを反省していたが、それを思い出した。
反省も立派なクスグリになるのだった。

息子が帰ってからは本当に早い。
その前段階に注力した、見事な一席です。
二ツ目さんも圓太郎師に教わりたくなりそうだが、同時に自分のオリジナル口調も見つけないと、モノにはならないでしょうね。

作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. おはようございます。
    今回も詳しくためになる記事ありがとうございます。

    以前、一之輔師が好きだったのですが、怒鳴るというかがなり声がきつすぎて、浮気して母と離婚したDV夫(実父)に似ているので嫌いになりました。
    その際、大声をあげるのでも圓太郎師だったら「小言念仏」でも大声をあげる対象がしっかりしているからいい大声であることに気がついて圓太郎師贔屓になりました。

    ところで一時期、圓太郎師を嫌いになったことがあります。その芝居は圓太郎師がトリ、ヒザで出たのが大好きな大好きな小圓歌ねえさん。交代で登場した圓太郎師はマクラで言いました。

    前座時代、小圓歌ねえさんに、おっぱい触らせてください、と頼んだら、しょうがないわね、と触らせてくれたんです。
    ほろ苦い青春の思い出かもしれないけどよ、と思いつつも、かなり嫉妬しました。(笑)

    1. いらっしゃいませ。

      圓太郎師のいい話をありがとうございます。
      その場に居合わせていないのに、「おっぱい触らせてください」の口調が脳裏に再現されました。
      私はいい話だと思いますけど、世間がどう思うかは知りません。

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