用賀・眞福寺落語会3(中・柳家小ふね「鮑のし」)

権之助師のお菊の皿。
お菊さんにはいろいろと付け届けがある。豆パンとか。
花束はよくない。かさばるから。現金が一番いい。噺家の祝儀みたいだねだって。

しちまーい、はちまーいと来て、やはり権之助師は「恐怖」を描くのに並々ならぬ関心があるのだなと。
しかしまあ、ここまで来れば噺を支配する要素はひたすらのナンセンスさ。

学校寄席で子供たちに聴かせてやりたいななんて思った。すでに何度も聴かせてそうだけど。
お菊さんはアイドルだから、子供に響くこと請け合い。

長講の後は小ふねさん。
「一張羅でやってます」
私は趣味がなくて。じゃあ稽古してるかというと、してません。
福島県の飯坂温泉の出身です。福島の噺家に三遊亭兼好師匠がいますが、先日お会いしたとき、「ああ、飯坂なの。昔栄えてたよね」って言われました。
私は故郷で落語会を催すのが、スケール小さい野望です。ただし、親父が地元で嫌われてますのでその点が。
飯坂温泉出身のお客さんに、「小ふねさんの会に毎回来るから」と言ってもらえましたが、今日は来てません。

字に起こしてもそこそこ面白いが、実際の高座はもっと面白い。
兼好師にキツいことを言われ、「許せません。冗談ですけど」。
普通は、「冗談ですけど」なんて言うと味消しになると思う。小ふねさんだとならないね。
ちなみに福島県出身の噺家はふたりだけなんだそうだ。
「調べてないので他にもいるかもしれませんけど」
シャレを真に受けて後で調べたが、福島出身者はそこそこいます。落語協会にも。

温泉落語に憧れてます。
草津温泉でやってますが、残念ながらお隣の芸術協会さんです。知ってたらあちらに入ったんですけど。

小ふねさんの個性、ちょっとでも似ている人が超ベテランの桃太郎師匠以外に見当たらなかったのが、もうひとり思いついた。
春風亭鯉枝師に若干似ている。他の噺家からズレた喋りを、自覚してさらにズラしてくるあたりが。
いずれにせよ小ふねさんの個性は、新作専門の人のほうに近い。

今日はネタおろしをしますとのこと。
何かと思ったら、鮑のし。
誰に教わったのか、いずれにしても原型とどめているはずがなく、まずわからないだろうが。
ネタおろし(本当だとして)から、これだけ世間からズレた一席を披露するのだから、すごい。
創作古典落語だ。

小ふねさんという人のなにがすごいか。
無から有を生み出してしまうという点である。
古典落語は先達の積み重ねがあり、そこにアレンジ・創作を加えていくもの。だが、小ふねさんはベースの存在しないところに笑いを生み出す。
だがこの規格外の面白さ、高座が終わると一緒に消えてしまう。
脳内から消さないためには、この人の噺を繰り返し聴いていく以外になさそうだ。

お腹が空きすぎ、仕事を途中でやめて帰ってくる甚兵衛さん。
おまんま食わせてくれと頼むが、家にはなにもない。お隣の山田さんで50銭借りといでとかみさん。

おかみさんの計略は、その全貌を出さず、小出しである。
最初から大家の家の婚礼にかこつけた計画を話すのが普通だと思うが。
だから甚兵衛さんは、全体像を知らずに借り物に行く。
最近は掛かる頻度の落ちた噺なので、かみさんの計画を知らず聴く客もいるだろう。そのほうが楽しいということでは。

お隣の山田さんに、「おい山田。いるか」と呼びかけ、「甚兵衛さん、『さん』を付けなさい」と叱られる。
つまりこういう部分で、無から有を生み出しているのである。
女房のおみつの名を出すと、貸してくれる。
今度は魚屋へ。
魚屋でも5円の鯛を、「50銭でなんとかしてくれ」と堂々頼む甚兵衛さん。
仕方ないから鮑を売ってもらい、いよいよ最後の計略に掛かる。
かみさんから口移しで教わった口上、ほぼ覚えていないのになぜか度胸満点の甚兵衛さん。勇んで出かける。
ただし「これはつなぎのほかでございます」だけはしっかり覚えていく。

甚兵衛さん、大家の家で婚礼だと聞いて「世も末だ」と勝手な感想を述べるが、これがうろ覚えの口上に混じってしまう。
こういう、地味な伏線を重ねたギャグ作りが本当に上手い。
大家を怒らせての逆襲までやる。
ふんどし締めてないのでケツはまくれない。

仲入り休憩後は粗忽のマクラ。
ちなみに自分の会じゃないので、頭はしっかり下げる。
寄席に能年玲奈が来たんです。師匠がた、もう張り切っちゃいまして。
春風亭一朝師匠なんか、大ファンだそうで気合いが入ってました。
玲奈ちゃんのほうを向いて、カミシモ切らずにやってました。
その日は盛り上がりました。楽屋だけ。

後日談がありまして、玲奈ちゃんじゃなくてよく似た一般のお客さんだったんですよ。
最初に楽屋に、間違った情報を伝えた奴がいたわけです。私なんですけど。

「お前の兄貴だ」と、湯屋に鉄瓶持ってくマクラ振って、粗忽長屋。

スタジオフォーの会で聴いた噺だが、二度目というのはほとんど気にならない。
前回と大きく違うわけではないのだけども、なにしろこの人のこしらえる世界は異常なので、常に新鮮で目が離せないのである。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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