本八幡の特選落語会 その4(三遊亭好楽「三年目」)

先日急にビッグマックが食べたくなった。
モバイルオーダーで頼む際、オプションが選べる。
オプションで試しにソースを抜いてみたら、これが驚くほど旨かった。
ビッグマックに例えては申しわけないのだが、喬太郎師の「普段の袴」にも、必要と思われがちな要素を抜いた楽しさがあるのだ。
ソースの味を知っているからこそ、ソースがなくてより旨い。でも、慣れてないと「味しないな」と思うこともある。
マクドナルドじゃなくて、牛丼の「つゆぬき」でもいいです。これも旨いもんだが、もちろんつゆの存在があってこその、抜いた旨さなのだ。
鶴川で聴いた喬太郎師のマクラたっぷりの2席は極めて濃厚な味であったが、あれを脳内の隅に置きつつ、調味料を付けずに食う旨さ。

普段の袴という噺、極めて落語らしいがゆえに、そのシチュエーションは本来あり得ないもの。
どこの世界に、侍の真似をする町人がいる。
でも、「してみたい」までは共感を得られるのだった。現代人は共感しないかもしれないけど。
とにかく、落語好きなら共感するぐらい知っている。
喬太郎師、共感をさらに進め、道具屋の主人にまで八っつぁんを受け入れさせてしまう。
いきなりやってきて、なじみのお武家と同じセリフを吐く町人。気味悪いに決まっているのだが、その不思議なさまが妙に気に入る主人。
全面的に対立を取っ払うこのやり方、よく考えたら、前座噺と同じかもしれない。
喬太郎師も、「道灌」なんて、人間関係に緊張を与えず上手いのだ。

八っつぁんは大家に借りたぼろぼろの袴を履いているが、これ以外は珍妙な格好はしていない。
そういう描き方ではない。
絵描きの名前は、「谷文晁」と上の名前付きで丁寧に。
そして、「いささか普段の袴」ではなく、「いささか」は取る。わかりやすくということか。

どこまでも軽く、楽しい一席でした。

トリは三遊亭好楽師。
ピンクの着物。ただ、ちょっとグラデーションが入っている。
私はこの師匠を常日頃、両国や亀戸、上野広小路など小さい小屋で聴いている。
こんなでかいホールでお見掛けするのは初めてである。
ただ、会場の器によらず作法はあまり変わらないんだなと。文珍師と同様、客に合わせるのではなく引き込む芸だ。

最近、好楽師のご長女がマネジャーをしているそうだ。亡くなったとみ子夫人の後を継いでいるのだそうで。
このマネジャーが、どんどん仕事入れちゃうんだって。
今年喜寿なのに大変だ。

ピンクの着物の由来。
以前はこんなのイヤだった。座布団にズラッと並んでいたら別にいいのだけど、一人のときに着るのは気恥ずかしい。
ただ、夫人が亡くなってから、世間の期待に応えてもっと着ようと思ったのだそうで。
いい話なんだけど師匠、以前は東日本大震災を機に着るようになったって言ってましたね。
ピンクの着物を着る理由が変わるんだ。テキトーなお人。

今日はこんなに入ってますが、私独演会で客2人だったときがあるんですよ、私の自宅のしのぶ亭で。
と、いつものノンフィクションネタ。
本当は4人予約してたが、1人は1週間前に「風邪で」、もう1人は当日朝に「法事で」。
シークレットの会だったのだろうけど、本当にそんな会があったら参加したいものだ。

どう持って行ったのだったか、本編は三年目。
2019年と2021年、2022年に聴いている。
ホール落語で出すとっておきの噺なんでしょう。
好楽師をかなり聴いたので、さすがに最近、未聴の噺がめったに出なくなってきた。
それでもこの師匠は、セリフが固定されていない。毎回作って出すという人なので、またかとは思わない。

昨年三年目を聴いた際も、やはり亡くなった夫人のマクラが入っていた。
師にもこの噺に対する強い思いがあるのだろう。もっとも、いきなり泣かせてやろうなんてあざといやり方ではない。
若くして病気で死んでいく妻を見送る亭主。未練を残しつつこの世を去る妻をいとおしみをもって、しかし淡々と描写する。そのほうが人の心に沁みる。

三年目が好きなのは、登場人物の誰も悪くないし、悪意もないこと。
結果的に亡夫人との約束を破り、後添えをかわいがる亭主にも、後添えも、誰一人悪くない。
世話を焼いてくれる親戚だってそう。
だからこそ、すぐに化けて出られない先妻の想いが響く。

客の質に問題があり、最初どうなるんだと思った落語会であるが、ちゃんとまとまった。
まとめた人たちの凄みに感服。
お客たちもこの1日でもって、落語好きとしてずいぶん成長したに違いない。そう思うのである。
三三師だけは、しばらくいいかなあと。積極的に避けるというほどではないけれど。
他の師匠がたは、毒を使わず客を制してしまう。若いころ毒っ気の多かった文珍師まで。
皆さん、実に人がいい。人のよさが気持ちいい。
この前に聴いたカメイドクロック落語会と併せ、楽しい1日でありました。

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作成者: でっち定吉

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