仲入り休憩で灼熱の外へ。ああ、生き返る。
そろそろ始まりますよと声を掛けられ、再び冷蔵庫の中へ。
トリは喬太郎師。釈台が出ている。持ってきたのでしょうね。
前座の辰ぢろさんはわざわざ直前に高座返しをしていく。
喬太郎師、のっそり登場し、座布団で作ったあいびきにあぐらをかいて腰を下ろす。
なんというか、見た目はヨボヨボのお爺さん。
でも「弱ったな」なんて思いはしない。こんな感じになって、まだ別の引き出しが開けられるのが喬太郎師。
そして私は、いよいよお爺さんになる喬太郎師が楽しみで仕方ないのだ。決して、一刻も早くそうなって欲しいわけではないが。
楽屋の相談でもって、喬太郎師が、吉原にちなんだ噺をすることになったらしい。
正座ができなくなってこんな格好ですみません。決して笑点の司会者の座を狙っているわけではないのでございます。
喬太郎の下半身を見たがっている方には申し訳ありません。最近こんなこと寄席でいつも言ってます。
暑い中、地下鉄の入谷からも遠い、ここまでようこそ。
私はこの後、浅草演芸ホールです。そして鈴本でトリです。
最近、浅草から鈴本へは、バスに乗ってますね。寿町のバス停から、上野松坂屋行きに乗ると楽でいいです。
夏でも菊之丞師は歩いて移動すると高座で言っていた。
超ベテランの権太楼師や鯉昇師も、北区の自宅に帰る際に浅草から上野駅までよく歩くと聞くが。
なんだか私生活もヨボヨボの感じ。でも掛け持ちで忙しい。
私は自宅が池袋なんで、浅草に行く際は、まずJRです。
遠回りなんですが、秋葉原まで行くことがありますね。そこからつくばエクスプレスに乗ると近いです。
バスも池袋から浅草へ走ってるんですよ。ただ、すごく時間が掛かります。40分ぐらい。
若手の頃は使いました。
川柳川柳か! と内心でツッコむ私。
池袋から王子を回って浅草へ向かう、草64系統のこと。
故・川柳師はシルバーパスを活用してバスで寄席を移動するので、出番がめちゃくちゃになって前座が困ったと、白鳥師の「天使がバスで降りた寄席」に出てくる。
吉原のこのあたり、個人的には来ませんけど・・・なんで笑うの?
若手の頃、もうなくなった格式の高い料亭で松葉屋さんというのがありまして。おいらんショーなんかやってましたね。
そこで落語会を催していました。大師匠先代小さんが自ら番組を組んでいて、扇辰さんや私も、若手の頃呼ばれたんです。
で、バスで行くんですね。最寄りのバス停が、吉原大門です。
いいですよね、大門なんてとっくになくなっても、吉原大門というバス亭はあるという。
そこで降りるのが若い頃の私は恥ずかしくて。降車ボタンが押せないんですよ。
でもある日思ったんです。住んでる人だっているんだし、そもそも誰も俺のことなんか見てないよと。
そう思って堂々降りたんですが、そうしたら若い女性が一緒に降りました。ああ、働いてるのかななんて。
一番偏見まみれなのが私でした。
松葉屋さんに行くためには、ソープランドの客引きの前を通るんですよ。
あんまりしつこいんで、あるとき「もう済んだから」と言ったんです。そうしたら客引きが「どうですか、お若いからもう一発」。
ところが帰りは、松葉屋さんのお土産をぶら下げて歩いています。そうすると客引きは誰も声を掛けません。なるほど松葉屋さんは一目置かれてるんだなと。
どこか一か所、「兼好さん」と言おうとして「萬橘」と発してしまう。
「あ、俺今マンキツって言ったよね。ごめん兼好さん、兼好さんもう帰ったっけ?」
袖から兼好師の声がする。
「間違えるのはいいですけど、萬橘はイヤです」
遊ぶ人たち。
吉原というところ、お金を払って上がっているのに、女が来ないこともあったそうで。
そこで文句を言うと野暮だねなんて言われるんですと振って本編へ。
「結石移動症」ではなく古典をやるらしい。
品川心中や居残り佐平次を持っているのは知っている。佐平次は一度聴いて、いたく感銘を受けた。
ただ、舞台は品川だし。
本編に入ると、男がぼやいている。女が来やしないよ。
そういうもんだってことぐらいわかってるよ。でも、女が手紙寄越したんだぜ。それで顔も見せやがらねえってどういうことだよ。
一瞬、五人廻しかと思ったが、持ってないと思う。
喬太郎師がやるのは、首ったけ。ああ、これがあったか。
首ったけというのは、現代では珍品に近いと思う。
古今亭の噺であり、テレビで出したのを観たのは、喬太郎師以外には白酒師だけだ。
実際の高座で聴くのは初めて。
とても軽い噺のイメージ。トリネタではないと思う。
なじみの花魁と店をケツまくって抜け出し、向かいで厄介になる。
今度はそちらに通うが、あるとき吉原が火事。
太助に行って、かつてのなじみの花魁がお歯黒どぶでおぼれかけているのを見つける。
助けておくれよ。死んじまいな。
サゲでWミーニングの「首ったけ」が出る。ああ、軽い。
先の二席がすばらしいデキで、比較してなんだかなと思った人もあるいはいたかもしれない。
でもマクラ含めて非常に面白かった。
首ったけは、「苦界勤めの悲哀」とか、「女が来ない悲哀」などといったペーソスと切り離された噺。
男(勝っつぁん)はバカで、花魁もバカで、牛太郎は輪を掛けたバカ。楽しいバカ同士の喧嘩。
吉原の地でもって、廓を否定しない噺なのだ。いいじゃないか。
というわけで、軽く締める落語会でした。
3席を反芻しながら、帰りはまた暑い中、鶯谷まで歩いて、うちに帰ったらひっくり返っちゃった。
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