弟子を「才能ない」と言ってたら育たないわなあ(続・立川志らく)

立川志らく、落語界の人材難に悲嘆(共感できない)

4日前のブログ記事ですが、好評です。
もともとは東スポの原典に当たり、「あー、また現実を見ないで勝手なこと言ってるなあ」という、呆れ気味のテンションでネタにした。
最初から、激しい怒りの発露でないことは文中にも述べた通り。
なのに恐ろしいもので、自分で書いたものを読み返しているうち、徐々に呆れが怒りに変貌してきた。
他人に読んでもらう目的の文章でもって、自分自身に火が点くこともあるのだった。
なので続編です。続編を書くパワーが勝手に生まれてきたというか。

私は別に、「愛する落語界を貶める輩は許さん!」なんて種類の怒りはもともと持っていない。
しかし対象が落語であれなんであれ、理屈を整理せず雰囲気でもっともらしいことを言っている人間には、腹が立つ。

志らくという人は以前書いたとおり、笑点を通じ、落語界に飲み込まれた。
必然的にパワーは落ちた。
だが最近、飲み込まれた人間の立場のまま、どこまでできるかというチャレンジを試すようになったのでは?
そして落語界、一度飲み込まれた人間に対しては、少々羽目を外したところで別に文句は言わない。
今、落語界の中心に入ったという枠組みを利用し、以前のような踏み外し発言をどんどんしていこうと小出しにしているところなのでは。
これはよく考えたら、神田伯山イズム。
不遜な後輩から学んだのかも。

さて東スポの元記事から、直接書かれていない怒りの元を拾っていきます。

<「真打ったって、別に15年ぐらいたったらば落語ができなくったって。だって『笑点』クビになった三平だって真打ちだよ。あんなもんだって」>

まず、三平disり。
これはまあ、落語界では普通のことではある。
最近落語界共通の三平いじりに疑問を覚えるようになった私だが、普通にみんなやってるのは事実だから仕方ない。
だが志らくは数年前まで、「正蔵」も合わせ技でやっつけていたことをお忘れなく。
正蔵師は偉くなってしまい、いじれなくなったらしい。
すでに本業の評価も抜かれつつあるし。
欲を言えば、抜かれつつあるのについ本音で兄貴も出してしまう志らくを見たかったが。

そして真打云々。
誰でも真打になれるこの世について、不満を持つのは別に志らくだけではない。
だけど、素人かよ。落語界にとりこまれているかと思うと、ちょいちょいやっぱりアナーキー。
誰でもなれる真打制度は、十分確立し、必要とされている。
どうでもいい枠組みだったら、上方落語界から羨ましがられることはあり得ない。
ひとつ尋ねますが、十把一絡げに真打にならない立川流の噺家は、優れてるんですか。売れてるんですか。
あなたの弟子は、真打になかなかなれないので優秀なんですか。

<「やっぱり才能ということに関して言うと、結局みんな漫才とかコントに取られちゃってる。もう才能ないやつらばっかり集まってるから、もう。9割方、才能のないやつらばっかりですよ」>

真打制度が瓦解しているというのは、ひとつの問題提起ではある。「お前が言うな」はさておき。
ところが、ここから謎の論理展開を見せる。論理もなにも、餌に食いついて持論をべらべらまくしたてただけなんだけど。
才能についてはみんな漫才コントに取られているという。
これについては「それがなにか?」と前回書いた。
お笑い界に取られて、全然構いません。
まあ、これは私の意見だから、「落語界に才能溢れる若者が次々入ってきた歴史はない」という事実以外、反論には使わない。

それよりもだ。
「瓦解している真打制度を持つ落語界には優秀な人材は入ってこない」って、どんな論理展開だよ。
漫才にだって、コントにだって真打なんかないけど(満協のことは置いておいて)。
上方落語界は東京と違って優秀な人材で溢れることになるな。
あと浪曲ね。

真打制度の瓦解は出口。才能ある新人の入門は入口。
出口でもって入口は批判できない。
医師国家試験は9割受かるんだから医学部に入るのは馬鹿ばかり、とだって言える。

まあ結局「談志に認められたぼくちゃんは才能溢れる若者だったけども、それ以外はクソ」と言いたいだけなんじゃないの?
そもそも、落語界が活況を呈していて、「チケットの獲れない噺家」が一杯いるというある種不思議な事実とは、まるで整合性が取れない。
その中で、志らくなんか大した位置づけじゃないのに。

そして最後は、お得意のたけし持ち上げ。
たけしの落語はすごい、と一度褒めたのに、当人からは返り討ちを食らったのを忘れたのか。
今度はダウンタウンまで持ち出す。
ダウンタウンはいいけど、弟子入りしたはずの木梨はどうした。

私自身に対しても怒りが。
これだけ意味不明の発言の数々。最初からもっと怒りモードで取り上げるべきだった。
軽く扱ったことを反省している。

そして東スポ記事再読して改めて思ったこと。今日のタイトル回収します。
「若手は全部ダメ」なんて言ってる師匠から、ロクな弟子が育つわけないでしょ。
というか、気の利いた弟子がいたとして、あなたの門はくぐらないと思うよ。
ダメな師匠だもん。
気の利いた弟子は、好楽、一朝、さん喬、鯉昇、昇太といったところに入るわけですよ。
ただ、本当はそれだけでは済まない。
「志らく門下になったからダメになった」な気がしてならない。

ということで、落語界に取り込まれた男が、現状も、自分の位置づけも理解しないままたわごとを吐いている。
悲しい話でした。

作成者: でっち定吉

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