神田連雀亭昼席7(下・三遊亭遊かり「大工調べ」)

遊かりさんは、私としては面白落語寄りのイメージだけども、完全に本寸法の大工調べ。
女性らしさは一切出さない。
棟梁はしっかり威勢がいいし、与太郎はかわいらしいなんて造形ではなく、しっかりと抜けてるやつ。やりすぎたりはしない描き方。
かつてある女流の二ツ目さんから三方一両損を聴き、いたたまれなくなったことを思い出す。
女流を意識せず、男の登場人物だけ出てくる落語を普通にやるという人も増えたが、簡単なことではない。
簡単ではないが、できる人にはできる。いったん女性のハンディを埋めてから勝負、なんてことではなく、噺家としてまっすぐこの地点に到達するのだ。
いや、すばらしい。
大工調べも、細かい部分をいろいろ工夫したりもするけれど、遊かりさんびっくりするほど真っすぐ。江戸っ子ならまっつぐ。
クスグリも必要最低限。道具箱食っちゃったも、御の字も、取り上げババアも意味なく膨らませたりしない。

そしてついに、立膝ついて棟梁の啖呵。
結構スピード速いが、口がすばらしく回る。高揚してきた。
大工調べの啖呵、ただセリフを聴いてるだけというのもあるからね。それがたちまちダメというわけでもないのだけど。
もちろん中手を入れるところ。
大家にセリフが返り、その後棟梁に戻って一か所噛んでたけど、もうピークは過ぎたので気にならない。

そういえば大工調べ聴くときは、左脳を使って大家がどの程度いやな奴かというのを考える。
遊かりさんの大家は、格別イヤな奴でも、善人でもない。つまり、普通の人間。
左脳を働かせて聴いていたが、だんだん右脳の領域が拡大してきて、理屈より先に高揚する。
見事でした。
笑点特大号で披露して、度肝を抜いて欲しいぐらいだ。

次が柳家小もんさん。熊本出身にされてたが、別に訂正はしない。
廓のマクラ。「まあ、様子がいい」のアレ。雲助師の口調が背後に浮かぶ。
そして辰巳の辻占。ヒザでできる便利な廓噺。
高いレベルの本寸法の高座でした。いい形。
橋の上でもって、男とお玉がどのぐらい離れているのかがよくわかる。これはなかなかない。
この噺、心中なのに離れて飛び込もうというのも変だし、帰る際に遭遇しないのも変。
なにからなにまで変な噺なのだが、気にならないのが持ち味。
すでに橋の上のやり取りが漫才だから。緊迫感などまるでない。
ふざけた人間たちのふざけた噺。

トリが桂鷹治さん。
スタンダード演目から珍品まで広くこなす才人。もっと人気出て欲しい。

今日、ふう丈さんに久しぶりに会ったら坊主で。
ワンコインには小はぜさんという坊主の人もいまして。今日は3人坊主です。

相撲のマクラ。相撲界と落語界の違い。
我々も昇進はするが、下に落ちることはない。そして真打までと何年と、だいたい計算できる。
相撲の稽古は厳しい。
落ちた目玉を拾ってはめ直してまたぶつかり稽古。
この小噺なんですけど、いつも思うんですが、目玉が落ちてるのにどうやって探して拾えるんでしょう。それか、目玉の方から見てるんでしょうか。
捻った視点がインテリぽい。
ご本人も小中と相撲大会に出てたそうで。出場者はいつも3人で、3位だったと。

相撲は奇数月が本場所。偶数月は一年中巡業に出ている。
昔は一年を二十日で暮らすいい男。
ここまで話が進めば、これは花筏。

面白いことに、鷹治さんの花筏は地噺である。
こんなムードの花筏、誰からも聴いたことはない。
とはいえ不思議。別に花筏、登場人物のセリフが少ない噺ではないのに。
でもやっぱり地噺である。噺の進行、すべてはトーンを下げた演者の口から説明される。
多くの花筏に地噺要素があるなら、クライマックスの取り組みのシーンである。ここはセリフの応酬では描けないから、どうしても神の視点が求められる。
だが、鷹治さん、全編をこの調子で描くのだ。どういうことだろう。

地元力士の千鳥ヶ浜を、最終日に花筏にぶつけるシーンを、時系列通りで描く。
親方への依頼があって、決定してから提灯屋本人が知る。
この型は、三遊亭兼好師からしか聴いたことがない。淡々とした語り口の鷹治さんに、この手法がぴったり。展開の劇的さを持ち込む手法ではないのだ。

いやー、まったくトーンが上に行かない花筏、実に面白い。取り組みのシーンも、演者がことさらにトーンを張り上げたりしない。
噺がハネないといっても暗さはまるでない。すべて演者の手の上で転がされているのだ。
師匠・文治と違う魅力である。

この日の後半2席は、あとでじわじわ来るものでした。
アクリル板のなくなった神田連雀亭に今後も期待。

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作成者: でっち定吉

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