弟子入りのノウハウ(下)

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どうしても噺家になりたいなら焦らない

師匠に、断られてもまた通い詰めて、強い熱意を感じてもらうのはよくある手。というより、熱意は伝えないと採ってくれない。
その期間も、何か月掛かるかわからない。
だから、長期的に考えることが必要だ。
あの師匠に断られたから、すぐ別の師匠に入門志願に行くなんてことをしてはいけないのだ。断った師匠が、あそこに行ったらどうかと勧めているならともかく。

そして、現在の落語界が、入門志望者で溢れていることは知っておかなければならない。
入門したい師匠の弟子に誰がいるか、協会の香盤を見ればわかる。前座さんのプロフィールも、ちゃんと読めば師匠の名が出ている。
だが、それで全部ではないのである。
前座になっていない見習いの弟子がいる場合もあるからだ。見習いは協会員ではないので、どこにも記載はない。
こうした見習いが、楽屋入りを首を長くして待っていたりするから侮れない。見習いがいると、師匠はもう1人は採ってくれないかもしれない。
採ってくれても、楽屋入りまで1年掛かることもある。
焦ってはいけない。
仕事を先に辞め、師匠に本気の度合いを見せて入門にこぎつけた人もいる。だが、時間が掛かる以上、仕事もしなければならないことは承知しておかなければ。

言葉の問題

東京の落語界には、北海道から沖縄まであらゆる地域出身の噺家がいる。
言葉の問題はあまりない。関西出身の東京の噺家も非常に多い。
アナウンサーの世界もそうだが、昔から落語の言葉遣いでもっとも苦労していたのは、茨城、栃木あたりの無アクセント地域出身者である。U字工事の喋り。
ただ、標準語にまったく親しんでいなかったという人でない限り、現代では、ハンデはほぼないと思う。
落語に出てくる江戸言葉は、みんな後天的に学習するものなので心配することはない。

いっぽう、上方落語のほうは、そんなに言葉に寛容ではない。
東京よりも、言葉の地域性についてははるかにうるさい。
先代笑福亭松喬は姫路だが、その程度での距離でもずいぶん苦労したらしい。
そもそも、上方の言葉は、本質的にアクセントが江戸よりずっと難しい。
言葉に自信のない人は、東京を目指したほうがいいだろう。

売れっ子師匠か地味に上手い師匠か

入門志願者というものは、熱情に突き動かされて入門志願してしまう人が多いらしい。
入門したいと言われた師匠のほうも、一度は話を聞いてやる。
そして、「○か月後に、気持ちが変わっていなければまたいらっしゃい」と志願者に伝える師匠は結構いるそうだ。
もともと、自分でもよくわからないエネルギーに突き動かされて行動を起こす人は、ここで立ち止まって考えてしまい、もう来ないことが多いらしい。
来る人なら本物だ。
さて、その高い入門意欲の向く先は、どんな師匠だろう。
「TVの人気者になりたい」という意欲により、笑点メンバーを狙う人も多いようだ。
売れている師匠のところは、弟子も売れ出すことが多いので、あながち的外れともいえない。
師匠が口を利いてくれることよりも、売れている姿を弟子に見せることが大きいのではないかと私は想像する。
いっぽう、人気はさしてないが、寄席でもって技術を魅せてくれる師匠のところに入る人もいる。
噺の基礎を覚えるには、こうした師匠に入門するのが最適である。
だが師匠と同じく、地味にまとまってしまうかもしれない。
それがいいと思えば、いいのではないか。
いずれにしても、尊敬できる師匠に入門しないといけない。
なお、無駄に厳しい師匠のところには入らないほうがいい。
厳しい師匠の下で修業を積んで見事大輪の花を咲かせるなんてストーリーを一般人は思い描くのだが、そんな人はめったにいない。
性格が捻じ曲がるのがオチである。
落語で売れるためには、もっと通らなければならない真の労苦が無数にある。師匠の理不尽な修業に耐えたところでメリットはさしてない。

作成者: でっち定吉

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